第6話 棺を閉じよ

○レンの屋敷


 レンの屋敷、あの集会で集まっていた人類出身の猫たちが再び集まっている。ただし、誰の使用人もおらず、全員、大型スクリーンを前に困ったような顔でいる。


レン「手に入ったのは弾丸コガネだけだが」


 スクリーンに弾丸コガネを拡大して表示する。脇には撮影可能な顕微鏡が置いてある。


 ――弾丸コガネはこの惑星では珍しくない昆虫だ。頭部が硬く、高速で飛翔するので危険視されている。しかし、動物を狙って飛ぶことはなく、夜に明かりに向かって突っ込んでくることによる事故が主な被害だ。今回は意思があるかのごとくにぶつかってきたが……。


レン「弾丸コガネの体内に神経系に影響のあるウィルス型マシンの存在を認めた」


 スクリーン、ウィルスのアップ。マクロファージ型のそれが明らかに。


アーク「昆虫類の電磁波感知能力を利用して誘導しているということか」


レン「そういうことになるが」


 今度はスクリーンに軌道上の物体を写す。地上からの望遠画像である。


レン「これは同時期に軌道上に超平面航法で出現した物体だが」


 それは円盤状の物体であるが、人間が乗り込むようなハッチ類はまったく存在していない。


レン「これからウィルスが散布されたことは推測できるが、目的もなにもわからない」


アーク「鍵はソーティスということになるのか?」


レン「それも推論だな。この星の技術で観測できることしか我々には観測できない」


スフィンクス「超平面航法がトレースできればな」


アーク「とはいえ我々には共時性通信だけはある。“現在”最高の人類英知にアクセスは可能なわけだ」


レン「だが、今までそれほど困ったことはなかったが、今回は困ったな。膨大な情報がある場合、狙いの情報を引き出すためには検索ワードが重要になってくる」


 レン、腕を組んで考え込む。


スフィンクス「昆虫を制御できるウィルス型のマシンなど枚挙にいとまがないな」


レン「問題は軌道上の円盤がどの文明のものとも合致しないことだ。超平面航法が可能な文明かどうかを問わなくとも」


スフィンクス「そうなると、推論を実験によって確かめるしかないわけだ」


アーク「ソーティスの教会がある場所に固有の信号は、バラバラになったソーティスの頭脳が出している微細だが特異な電磁波」


レン「完全ではないがコピーは可能だ。それで誘導できたなら実証できる」


スフィンクス「では、それをすぐにやってみるべきだろう」


アーク「いや、推論が正しかったとして、それがわかった後に何をするかが問題だろう」


スフィンクス「確かにそうだな。映画に出てくるうっかりさんみたいなこと言ってるな、俺は!」


アーク「ははは」


 アーク、笑った後、はたと気づいた顔になる。


アーク「あ、そうだ、ブラッド・ピットだ」


レン「誰だ、それ……。ふふん、大昔の映画俳優か」


 ソーティスが以前に語っていたことがフラッシュバックする。


  ソーティス「ブラッド・ピットに似てないので」

  アーク「そりゃ、どうでもいいな」

  ソーティス「似てないんですよ」


アーク「ソーティスの大昔の記憶は保存されていないが、記録は保存されているんだ」


 アークは意気込むが、レンらは不思議そうな顔。


レン「そりゃどういう意味だ?」


アーク「ソーティスは大昔の人工知能だから、当時存在したプライバシーの概念を遵守しているんだ。そのため彼女の個人的な情報は、ローカルに映像データとして保管されている」


レン「そりゃあ、驚くべきことだね」


スフィンクス「データはどこに保持されているんだ?」


アーク「彼女の固有電磁波というのが外部通信に使用されていた太古の赤外線通信だろうから、その周辺にデータカードが入っている可能性が高いな。彼女の時代だと電子の限界まで回路が縮小された大容量カードが主流だ」


レン「それじゃ例の教会の中にあるってことじゃないか」


スフィンクス「オーケー、それじゃ作戦を立てよう。簡単だ。固有電磁波を偽装して、それで昆虫が離れたら、その隙にデータカードを取ってくる」


アーク「簡単に言うとそうなるだろうが、入って盗むのは簡単ではないよ。第一、それを誰がやるんだ?」


 疑問を口にしたアークの顔を、一同がじっと見つめている。アーク、それに気づいてはっとする。


アーク「くそ、原因に関係した奴がやれってのはそうだけどさ!」



○ソーティス教会前


 アーク、古風な全身鎧を着ている。


アーク「強度を考えたらこれで弾丸コガネは防げるとわかっているが……」


 着せるのを手伝っていたシュトが苦笑いを浮かべている。


シュト「レン様が持ってきてくれたものですから、大丈夫なのでしょうが……。私が行きましょうか?」


アーク「いや、君は死んだら替わりがいないからな」


シュト「アーク様には替わりがいるようなことを」


アーク「私が死んだら二週間後に産まれた子がすぐしゃべったか病院に確認に行ってくれ。それが私だ」


シュト「相変わらず冗談か本気かわかりませんが……」


アーク「いいさ。信じずとも実行さえしてくれれば」


 アーク、鎧をガシャガシャさせながら教会へ歩いて行く。



○教会前


 教会はさらに発達し、巨木のような姿になっている。

 アーク、耳に入れたイヤホンで連絡をとる。


アーク「レン、スイッチ入れたら言ってくれ」


 レン、離れた林の中で電話をしながら小さな基板とバッテリーをいじっている。


レン「オーケー、スイッチを入れて逃げるぞ。何も始まらなかったら無理をするなよ」


 レン、基板のスイッチを入れて走り出す。


 アークの目の前で巨木がざわりと揺れる。

 そして、木の中にいた虫たちが一斉に飛び立ち、林の方に向かっていく。


アーク「効いてくれたか」


 アーク歩き始める。

 しかし、残っていた弾丸コガネが木々の間から飛んできてアークの横をかすめる。


アーク「うわっ! 別に死にたくはないんだよ、死にたくは……」


 扉のあたりまで歩くうち、いくつも弾丸コガネが飛んできて、そのうちのいくつかは鎧に当たってしまいアークはよろめく。


アーク「ダメージってほどではないけど、痛いじゃないか……」


 アーク、扉に到着。貼りついている樹皮などを剥がして中へ。

 弾丸コガネの攻撃もやむ。


 木々の間から光が差し込んで、ソーティスを模した棺が祭壇に横たえられている。

 奇妙に宗教的で神々しい光景。


アーク「宗教というやつは誤解だろうと美しい光景を生み出すことはある……」


 アーク、棺に歩み寄る。ソーティスの棺は実際よりは小さく作られており、猫のサイズでも蓋は持ち上がる。蓋の中は電子パーツが雑多に詰まっていて、ジャンクにしか見えない。


 棺の中をアークはごそごそとやり、やがて小さいカードを見つけ出し、鎧の内側にしまい込む。アーク、電話をレンに入れる。


アーク「見つけた。まだ時間があるなら念のために他にも記録媒体が生き残っていないか探すが?」


 レン、林の中を遠くに張ったテントの中からうかがって返信する。


レン「ダメだな。あいつら何かおかしいことに気づいている風だ。彼らの知性については後で検討するとして、ともかく引き上げる方がいい。虫が興奮して暴れ出している」


 レンが仕掛けた回路の上を、大量の虫がブンブンと飛んでいる。


アーク「教会内に虫は入ってこないようだが」


レン「出られなくなってもしらんぞ」


アーク「それもそうだ」


 ――これが馬鹿馬鹿しいことと知っているのだから、棺の蓋を戻す必要も感じないはずなのだが……。


 アーク、棺の蓋を元に戻し、教会の外へ走り出す。


 虫が後方から飛んできて背中に命中する。

 と、前方からも虫で出来た雲が迫ってくる。


 アーク、カードを入れた腹部をかばいつつ地面に伏せる。

 すると、虫たちがその上を通過して木に戻っていく。


アーク「まずはなんとかなったぞ……」

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