第4話 ソーティスのおはなし
○神殿
城のように建て替えられたソーティスの小屋。猫たちは以前よりも整然と並んでいるが、それは狂信者しかいないという意味でもある。
「モフられ、救われるべし」「心を無にしてモフられなさい」「ソーティスは神の御子」「罪を悔い改めるためモフられよ」なるプラカードやのぼりが掲げられ、その中心で聖職者が演説を行っている。
聖職者「いよいよ終末が訪れようとしています。神を信じぬ堕落した聖職者、彼らに罰が下るのです。真に敬虔なる人々よ、思うさまモフられなさい。モフられているときの感覚こそ死後に天国に召されたときの感覚なのです。それを記憶し、来世に備えるのです」
アーク、神殿内から困り顔でそれを見ている。
アーク(OFF)「一般的な過ちのパターンなんだけど、思ったより進行が早いな……」
控えていたシュトにアークは聞く。
アーク「教皇庁の動きが午前中に正式に出るって聞いたが」
シュト「モフられ派を異端として破門と発表しました」
シュト、タブレットを見ながら言う。
アーク「しかし、いまやモフられ派の方が数が多いからなぁ」
シュト「そのことですが、教皇派は関係を否定していますが、このタイミングで“正教会”なる組織が結成会見を行うと」
アーク「あー、過激派か」
アーク、シュトからタブレットを受け取る。画面にはKKKのような頭巾で顔を隠し、派手な金モールの装飾が施された服を着た三人が。
正教会「我らモフられ派を嫌悪するばかりか、教皇派とすら無関係と断言する。我らの目的は異端を排斥すること。異星人に洗脳されたモフられ派はもちろん、その他の異端も標的となる。神をおそれぬ異端どもよ、恐怖に震えよ。我ら神の赦しのもと活動を開始する」
アーク「そろそろ悲惨なことになりかねないな」
シュト「何かなさるのですか? これまで社会にはそれほど干渉しないようにするとおっしゃられていましたが」
アーク「彼女の意向だけ聞いておかないと」
○ソーティス城の中
ソーティスの小屋はいまや城になっている。ソーティスのサイズにあわせた家具と、猫用のサイズの待機用リビングがしつらえてある。
ソーティスはどこか不安げな顔である。
アークとシュトが椅子に座っているソーティスを見上げている。
アーク「気づいているだろうが、そろそろ君の身にも危険があるかもしれない」
ソーティス「そりゃ最近モテモテだから、なんとなく危険なんじゃないかなって」
アーク「どこまで認識しているかによるが、集まっている猫たちにも危険がないように、対処しないと」
ソーティス「具体的に何をすればいいの?」
アーク「その身体機能が猫に肉体的快楽を与えているのは明白だ。身体をなくすのがいちばん良いんじゃないか。以前にも言ったが、自我をアップロードすれば肉体はすげ替えが可能だから……」
ソーティス「うーん、そこに抵抗あるのは、わたしがあんまり考えてないからだと思うんだけど、やっぱり身体を失いたくないな。わたしはコミュニケーションをする存在として作られたから、やっぱりそうじゃないんだよね」
アーク「つまり、話せばわかる、と?」
ソーティス「うん。やっぱり、そうなる」
ソーティスは、明るい顔で微笑む。
アーク「わかった。そこは君の意志通りにするといい」
アーク、シュトを振り返って、告げる。
アーク「ソーティスから声明があると報道する手配をしてくれ。夜だが、大丈夫だろう」
シュト「わかりました。その……しかし……」
シュト、言いにくそうにアークとシュトを見る。
シュト「長年、アーク様にお仕えして、いまだにそのお考えがわからないのは、私の不徳ですが、もちろんアーク様が我らの理解を超えた知性体であることに踏み込まずに来たからです。しかし、その秘密がおそらくソーティス様の星に関係があるものと仮定して僭越ながら申し上げたいことが」
アーク「いいさ、そこまでかしこまらなくて」
シュト「では、おそれながら。今回の話、ソーティス様が我々の言葉で、死ぬ、という状態になると愚考します。いえ、精神は死なず、おそらくはアーク様のように時代を超えていろいろな形で語りかけてくる存在になるのだと」
アーク「その認識でいいよ」
シュト「では、私の、私の種族の愚かしさのままに、心の赴くままにその通り申し上げれば、ソーティス様の死は、私の悲しみです。短い間ながら、その得がたいお姿とお心……」
ソーティス、シュトをひょいと抱き上げる。
シュト「ソーティス様……」
ソーティス「そういえば、シュトちゃんをこうしたことはなかったね」
ソーティス、シュトをなでる。
シュト「ソー……」
シュト、何か言いかけるが、満足げに喉を鳴らし、眠ったようになる。
アーク「写真を撮っておいてやろう」
アーク、タブレットで写真を撮る。
ソーティスがシュトを抱く姿は聖母像のようである。
――ソーティスの膝を玉座と呼んだことで宗教的に問題になったが、確かに、この膝の上では誰もが王であり、赤子なのだろう。
○ソーティス城前
――事前に危険があることは告げていたが、それでもソーティスの声明を聞きにやってきた猫たちの数は大変なものになった。
ソーティス城の前は猫たちで埋め尽くされ、神殿内まで猫たちが座り込んでいる。
アークは群衆から離れて座っているが、ソーティスの姿は見える。そこにも何人も猫たちは立っている。
――警備は増やしていたが、ソーティスを狙う殺害予告は数えるのも馬鹿らしいほどにあった。そんなわけでモフられ連中も殺気立っていた。
武器を持った軍人や警官が検問をしている様子。
――そして、ソーティスが何事か言葉を発するときが来た。
ソーティス「こんなに集まってくれてありがとう。これから何度も言うことになると思うけど、わたしは本当に普通の存在なんだから、その言葉も何かすごいものにはならないはず。だけど、そんな普通のわたしでも、言わなくちゃならないから声をあげるんだけど」
ソーティス「さっきも言ったんだけど、私は本当に普通の人。神聖さとか欠片もない。そのことがとっても大事だと思うわけ」
ソーティス「だから、この場に集まっている人は、わたしを特別視しないで欲しい。みんなも他の星に行けばわたしみたいに珍しく思われるだろうってことを忘れないで」
ソーティス「わたしには神聖さもなければ深い考えもない。ただお話をするだけの人形として作られた存在だからね。でも、お話をするだけの機械だからこそできることもあるわけ」
ソーティス「わたしは、みんなを膝に載せていろんな話を聞いてきたから、モフられに来たひとがどんな悩みを持っているか知ってる。すごく普通の悩みばかりだった。そう、意地悪な言い方をすれば、社会のこととか、神様のこととか、本気で考えている人はいなかった。もちろん個人的に聞いたことだから、誰がどうとかは言わないけどね」
ソーティス「そういうことだから、モフられの皆さんが宗教的に驚異ってこともないわけ。教皇派や正教会の人もそうでしょ? 敬虔なんだってことを誰かに見せるために敬虔にやってるか考えればわかる。でも、それは恥ずかしいことじゃない。みんなそうなんだから」
ソーティス「わたしはお話をするだけ。わたしのしていることを止めたいって人も、なんとかお話をすることで解決できないかな? わたしと話したくない人は、ここに集まっている人たちと話せばいいよ。それでこの対立を終わらせよう」
ソーティス「わたしから見れば、みんな可愛い猫。悪い意味で言ってるんじゃないよ。わたしは、身体が少し大きいからね。だから、争っているのは見たくない。なんでも話し合えばわかり合えるはずでしょう? わたしは他の星から来たのに、こんなにたくさんの人たちとわかり合えた。同じ星のみんなならもっと簡単なはず」
それを遠くで聞いていたアーク、苦しげに首を振る。
アーク(OFF)「そうじゃないんだ、ソーティス……。そういうことじゃ……」
ソーティス、さらに何事か話そうとする。
その顔を閃光が照らす。
凄まじい爆発が起こる。
爆発はソーティスの全身を巻き込むように拡がる。
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