お帰りアーロ
衣谷一
プロローグ
ある朝の出来事
こんなことがあった。
いろんなことが嫌になっていたある朝、電話があった。仕事が始まる時間はとうに過ぎていた。
携帯電話のバイブレーションが耳元で聞こえて、会いたくもない上司の顔が浮かんだ。誰のせいで身動きが取れなくなっているのかを知らないで、上司は出社しない俺を嬉々として責めるのだ。
延々と着信が続く恐怖を感じて恐る恐る手を取った。画面には『クソ山下』の表示があった。
耳を当てた。
「えっと、つながっている? もしもし、聞こえていますかア? フルタニ・ミツヒロ君聞こえていますかア?」
聞いたこともない女性の声だった。
「あの、誰ですか」
「おお、ちゃんとつながっているね。よしよし、よしよし。アーロちゃんだったりアーロ君だけど、とにかくよろしくね、ほら、あんたも」
遠いところで、『よろしくお願いします』と少年のような声が聞こえた。
「あの、一体」
「おいポンコツ、何のために現場に入れたと思っているのだ」
俺は女声に問いかけたつもりだったが、帰ってきたのは耳にしたくもない上司の声だった。激しい攻撃だった。電話なのに上司の臭い息が吹きかかってきていた。あまりに臭くて吐きそうだった。どっくんどっくんと動悸がきつくなって、血が上って顔がほてってきた。絶えず続けられる罵声、恐怖。
前の仕事のことはあまり思い出したくない。だが、この不思議な一瞬だけは日常から切り離された特異な一点だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます