誰も後戻りは出来ない。

戦争は麻薬。いとも容易く摂取できる、合法的な麻薬です。

僕達は、地球の反対側で昨日何人が虐殺されたかを知る事ができる。
僕達は、それがどういう経緯で起きた争いなのかをニュース番組というフィルター越しに見る事ができる。

戦争でなくとも、例えば大災害だとか、児童殺害だとかでも同じことが言える。
そのニュースを眺めながら、憤り、悲しみ、憂う事ができる。
しかし数分後には、手に持ったトーストが冷めないか、遅刻しないか、と別の方向へ意識を向ける。

こういった話題を議論する事はあれど、誰も本気で止めようなんて思っちゃいない。

だってそれは、僕らの日常の遥か遠くにある出来事だから。
飛び降り自殺をしようとする人がいれば、皆脚を止めて空を見上げる。そして何もせずそれを眺める。

そうやって僕らは傍観し続ける。
だって、戦争は無くならないもの。
もしもニュース番組から戦争や災害や殺人事件の報道が無くなれば、みんな退屈するもの。
正直、仕方ないと思う部分もあります。

遠い異国の戦争よりも、自身の生活を守ることに精一杯になる事を間違いだとは決して思いません。

ただそれを、それこそ麻薬のように率先して閲覧しようという好奇心を理解し辛い、というだけで。


さて、今作の優れているポイントは二つあります。
一つは「Mという謎のアイドルの死」が共通のテーマとなっている事。
国も人種も年齢だってバラバラの彼らだが、クローズアップされたシーンは全て「M」という男への羨望や妬みで構成されている。

Mの死因や殺された理由こそ、予想のつくものではある。しかし、その先にある展開、冒頭から続くオムニバスを結びつける最後の一文が素晴らしく、
「伝えたかったのはM自身のことでは無かったのだ」と気付かされる。

読み手として、知らず知らず「Mについて」の物語ばかりに気を取られていた。それはまさしく、登場人物たちと同じ過ちだ。

二つ目に、本編に関係のないリンクが多々あること。
捕虜にされたアメリカ人、サッカーに興じる兵士、出会い系で釣る人釣られる人。
本筋とは関連性の薄いつながりではあるが、これがまた恐ろしい。

日本とロシアとでメッセージを送りあえる。ネット上で父親の職業を知ることができる。
紛争地帯にいながら、姪の仇を取りながらMの遺書を聞ける。

之ほどボーダーレスになった世界なのに、現実は目に見えないボーダーを巡って人が死ぬ。

冒頭に戻りますが、そして人々は一時の刺激に酔いしれる。戦争はひどい、Mの死は悲しい。
その感情は何日間保つだろうか。

「人は見たいものしか見ない」し、誰しもが「自らの愛した、自分の作り上げた『世界』(≒日常)を守る」ために争い合う。

戦争によって死んだ人々は、大義のための『致し方ない犠牲』なのか。
死んで何になるのか。殺して何が変わるのか。

段々まとまりが無くなってきましたが、僕はテロリストのリーダーの人が一番お気に入り(という言い方が適切か分かりませんが)です。

読み終えた後には、ボブ・ディランの『風に吹かれて』やジョーン・バエズの『500 Miles』、Beatlesの『Eleanor Rigby』を聴きたくなりました。
ヘビーノベルの先駆者、恐れ入りました。本当に素晴らしかったです。
結末の静けさをぶち壊す騒がしいレビューを失礼いたしました。

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