其の九 エンキッキガーデン

「う~~ん…はっ!?」


マコトが目を覚ましゆっくりと目蓋を開けるといきなり視界に飛び込んで来たのは正面に腰掛けているファイナルサムライであった。

慌てて飛び起き部屋の隅に移動して身構える。

マコトが横になっていた場所はどうやら何かの乗り物のシートらしかった。


「驚かせてしまったか…済まぬな…」


ファイナルサムライは顔だけをこちらに向け、話しかけてきた。

しかしマコトは怯えた猫の様に彼を睨みつけて震えるのみであった。


「そう怯えるな…と言っても無理か…心配せずともお前には何もせぬ…

拙者にはお前と同じくらいの歳の娘がおってな…サナエという名なのだがどこかで会った事は無いか?」


「………知らない」


「そうか…」


ファイナルサムライは深いため息を吐いた。

彼は落胆していた…それはマコトに対してだけではなく先のラムゥに依頼していた彼の娘、サナエの捜索結果に対してだ。

宇宙人が地球を侵略してから地球人には大量の死者と行方不明者が出た…それはもう億単位の…そして行方不明の時点でその人物はほぼ百パーセントの確率で死亡と同様なのだ。

仮に生きていたとしたならば、それはここ旧日本にある地球人収容施設に収監されているか、対宇宙人抵抗勢力である地下組織に身を寄せどこかに潜伏しているかだが、後者の場合探し出すのはとても困難だ。

彼も自分で探れる事に関しては最善の手を尽くした…そして藁をも掴む思いで頼ったラムゥの調査結果は発見できずであった…無論、彼を利用するためにろくな調査もせずにそう報告してきた可能性はある…だが本当に調査した結果なのだとしたらまだ望みはあるかもしれない…当然既に死んでいる可能性も…。


「ちょっ…!!何だよこの格好は!?」


マコトが突然自分の衣服を見るなり声を張り上げた。

彼が着ているのは純白のブラウスに紺色のロングスカート、胸元には緑の宝石が嵌った蒼いリボンがあしらわれていた。

部屋の窓に映る自分の姿を見る…髪は三つ編みにされた後、後頭部でお団子の様に纏められていた…旧英国の女性がよくしていた髪型である。

まるでどこかの富豪の令嬢の様である。

マコトが寝ている間にエンキッキお付きのメイド達が支度をしていたのだ。

この格好のチョイスは勿論エンキッキの趣味である。

マコトは目尻に涙を浮かべていた…早く止めてしまいたいと思っていた女装がグレードアップしていたのだから。


「お前は本当に男なのか?拙者には娘にしか見えないのだが…」


「うるさいな!!放っといてくれ!!」


そう言い放ち頭を抱え蹲る。

マコトはファイナルサムライに対してすっかり警戒心が薄れていた。


「マコトと言ったな…お前といたあのニンジャ…恐らく生きているぞ…」


「本当か!?」


マコトの顔に僅かだが明るさが戻る。


「拙者はラムゥとの契約でお前達と戦ったにすぎぬ…あのニンジャに恨みは無い…

ラムゥの要らぬ横やりのせいで死合いが台無しになったのでな…あの羊にはこの事は報告していない…」


「でもあんた…そんな事をして大丈夫なの?」


「心配は無用だ…お前の身柄は今、エンキッキと言う別の幹部に移っている…そして拙者もこちらに随伴していると言う訳だ」


「ふ~ん…」


再びマコトの表情が曇る。

これでは全く安心は出来ない…敵に捕まっているという事実には変わりがないのだから。

ましてやこのファイナルサムライという男も信用に値するかどうかは全くの未知数…。

マコトが色々と思い悩んでいる所で部屋の自動扉が左右に開く。


「あら…あなた目が覚めたの?」


入って来たのは黒いゴシックファッションで着飾ったエンキッキだ。


「初めまして、私はエンキッキ…十二人委員会の一人よ、よろしくね」


「オイラはマコト…」


「まあ!!マコト!?そんな可憐な姿でオイラはやめなさい!!」


エンキッキがいきなりマコトの腕を掴み力を込めてひねり出したではないか。


「痛い!!痛いよ!!」


「マコト…あなたは今日から私のガーデンの一員になるのだからそれ相応の言葉遣いを心掛けて頂戴!!いい!?あなたの一人称は今から「私」よっ!!言って御覧なさい!?」


先程までの柔らかな物腰から一転…物凄い剣幕で捲し立てるエンキッキ。


「分かりました…オ…私が悪かったです…御免なさい!!」


その迫力と腕の痛みに押されマコトは言う事を聞くしかなかった。


「そう…分かればよいのです…」


掴んでいた腕を放し満面の笑みを浮かべるエンキッキ。

このオネェ宇宙人…裏表があり過ぎる。

仮面越しでもファイナルサムライが呆れているのが見て取れる。


「もうそろそろ目的地に着きますよ、私と一緒に来て頂戴」


部屋を出るエンキッキに続きマコトとその後ろをファイナルサムライが歩く。

程なくして彼らの乗っていた未確認飛行物体的乗り物が着陸して隔壁が開く。


「…何…ここは…?」


マコトが自分の目を疑う…着いた場所は深緑の生垣で囲われた広大で美しい西洋風のお屋敷があった…その正面には豊富な水を湛えた噴水もある。

マコトは暫く言葉が出なかった…こんな立派な建造物は生まれて初めて目にしたのだ。


「ここが今日からあなたが住む事になるお家…通称『ガーデン』よ…ようこそマコト」


エンキッキが両腕を掲げ誇らしげに微笑む。


「えっ!?オ…私、ここに住むんですか!?」


「そうよ~自分のお家だと思って気楽に過ごして頂戴」


羽根扇子を仰ぎながら微笑むエンキッキを傍から訝し気に見つめるファイナルサムライ。

エンキッキの良からぬ噂は彼も聞き及んでいるからだ。


「さあ皆さ~~ん!!新しいお友達ですよ出ていらっしゃい!!」


その声に誘われ、屋敷からおびただしい数のメイド達が一斉に出て来て整列する。

メイドは皆、美しい顔立ちをしていた。


「この子が今日から入園するマコトよ!!じゃあ、ユキにリオ…あなた達にマコトのお世話を任せるわね…」


声を掛けられたメイド二人がマコトの所へとやってくる。


「初めまして、私はユキ…分からない事があったら何でも聞いてね?」


「…よっ…よろしく…」


手を優しく掴んで微笑むユキは栗毛で三つ編みおさげの似合う眼鏡っ子であった。

美少女に手を掴まれてまんざらでもない様子のマコト。


「ちぇっ…何だってオレがこんな事をしなくちゃなんないんだよ…」


ぶっきらぼうに悪態を吐くのはリオ…赤毛でくせっ毛のショートカットのボーイッシュなメイドだ。


「まあリオったらまたそんな汚い言葉遣いを…エンキッキ様が聞いたらお怒りになるわよ?」


「ケッ…知った事かよ…」


「もう…後でどうなっても知らないわよ?」


ユキに注意されても尚下品な言葉遣いを辞めようとしないリオ…頭の後ろに両腕を回しふんぞり返る。


「さあさあマコトさん…長旅疲れたでしょう?中でお茶にしましょうか」


ユキに促されるまま屋敷に入っていくマコト。

彼はとても楽しそうにしており、まるで自分の置かれている立場を忘れてしまっている様だ…そしてソラカゲの事も…。


(確かエンキッキ殿は大の美少年好きで女装をさせて愛でると聞く…恐らくあのメイド達は全員男…悪趣味な事だ…)


ファイナルサムライは暫く腕組みをして立ち尽し、屋敷全体を見回した後、やがて中へと入っていった。

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宇宙忍者ソラカゲ 美作美琴 @mikoto

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