其の二 宇宙人の歪んだ嗜好

「う~ん…」


少年の意識は朦朧とした状態から徐々に覚醒していく。

後頭部に硬くて冷たい感覚が伝わって来て一気に目が覚める。


『ばぁ~!!!』


少年の開いた瞳に、顔の両側で掌をパーに広げ

ふざけた表情が映し出された全身甲冑娘カエデの顔が飛び込んで来る。


「うわわあああ!!!」


物凄い勢いで飛び退き背中が壁にぶち当たって止まる。

寝起きに脅かされて心拍数はうなぎ登りだ。


見渡すとここは四畳半位の広さしかない小屋の中の様だった。

薄暗く壁もボロボロ、屋根だって所々穴が開いていて

雨が降ったら洗面器やバケツがいくらあっても足りないだろう。


「こらこら!!折角落ち着かせたのにまたパニックを起こしたらどうする!!」


部屋の外側からボロ布のカーテンを剥ぐって赤ヘル忍者が顔を出す。


『えへへ…ゴッメ~ン!!』


カエデの顔が今度は汗を垂らして苦笑いしている表情に変わった。


少年は部屋の片隅で震えながら忍者とカエデを睨みつけている。

何せ少年は今全裸で、布団代わりに掛けられていた薄布一枚を全身に巻き付けているだけなのだから…


「おおお…オイラは…金目の物なんて持って無いぞ!!」


完全に怯え切り何とか声を発しているといった感じだ。


「ああ…知ってる…まぁ落ち着け…こんな成りをしているが

オレもこのカエデも地球人の味方だよ…さっきは危ない所だったな」


忍者はなるべく角が立たない話し方を心掛けた。

しかしなおもこちらを睨み続け警戒心を解こうとしない少年。


「あ~もう!」


すこぶる面倒くさいという感じで自身の頭の後ろを掻く忍者。

ヘルメットを被っているので表情は読み取れないが

この男、かなり気が短い様だ。


『ダメよ~子供には優しくしなくちゃ』


カエデが忍者をたしなめる。


チン!


電子レンジの温めが終了した時の音がしてカエデの腹部がカパっと開くと同時に勢いよくパンが飛び出す。


『はい、お食べ?』


カエデはそのパンを少年に差し出すが


「要らないよそんな物!!」


『え~そんな~』


少年に怒鳴られシュンとするカエデ、顔は涙目になっていた。


「調子に乗るなよ?少年!!あの時オレが助けに入らなければお前は奴らに捕まって変態宇宙人に売り飛ばされていたか食われていたかのどちらかだったんだぞ!!」


しびれを切らした忍者がとうとうブチ切れ

結構な剣幕で少年を怒鳴りつけた。


「恩着せがましくなるからこんな事オレから言いたくなかったんだよ!!

…あ~カッコ悪い…」


しかしすぐにクールダウン。

何て感情に浮き沈みのある忍者であろうか。


「…ごめんなさい…ありがとう…」


少年はさっきの忍者の剣幕に気圧されたのか涙ぐみながら

二人に謝罪と感謝の言葉を口にした。


忍者はカエデと顔を見合わせ肩をすくませた。


「…分かってくれたらそれでいいよ…悪かったな怒鳴ったりして…」


「うん…」


少年は力なく微笑んだ。




「オレはソラカゲ…そしてこいつはカエデ」


『は~い!!アンドロイドくのいちのカエデで~す!!よろしくね~!!』


割り込むように自己紹介するカエデ。

何と!カエデは人間では無かったのだ!

確かに全身が金属の装甲で覆われていて生物らしくないと言えばそうなのだろうが

造られた物にしては感情や表情が豊な気もする。


「…少年、お前の名前は?」


ソラカゲは出しゃばるカエデを押しのけつつ少年に名を聞いた。


「マコト…」


少年は先程カエデが腹から出したパンにかじりつきながらそう名乗った。

余程腹が減っていたのか一心不乱に食べている。


「そうかマコトか…それでマコト、お前の家はどの辺だ?送ってやろう」


ピタッとマコトの食事の手が止まる。


「家は…無いよ…三日前に両親が宇宙人に殺されて…野宿であちこち転々としてた…」


パンを握りしめる手は震えていた。


「そうか…」


ソラカゲもそれ以上深くは詮索しなかった。

この今の地球にあって、マコトの様な境遇の子供は少なくないからだ。


『食事が済んだらこの服を着てね~いつまでも裸じゃ風邪を引いちゃう』


カエデがきちんと折りたたまさった服らしき物をこれまた腹のハッチから取り出した。

一体どういう構造をしているのだろうか。


「うん…」


着付けをカエデが手伝い始めた。

最後にマコトの後頭部にリボンを結びポニーテールを結う。


『よし!思った通りカワイイわよ~』


「…って…この服…女物じゃないか~!!」


マコトが着せられたのは黄色いタートルネックのトレーナーに

デニム生地のベストとスカート。

オーバーニーソックスまで履かされて

とてもカジュアルな感じの女児服だ。

頭のポニーテールに赤いリボンが妙に可愛らしい。


「脱ぐ!!」


すぐさまマコトが服を脱ごうとするがソラカゲが制止する。


「まあ待て…お前の気持ちはよ~く分かるぞ!でもな…これにはちゃ~んとした訳がある」


「何だよそれは!!」


キッとソラカゲを睨むマコト。


「奴ら宇宙人はどう言う訳か地球人の美少年が大好きでな…

どれくらい好きかと言うとその割合は約95パーセント!!

富裕層の宇宙人は奴隷商人から美少年を大勢買い付けてペットにしている輩も居るそうだ」


「……!!」


思わず身震いするマコト。

まさに先程自分がその奴隷商人に捕まる所であったのだから…


「で…それとオイラの女装との関係は…」


さっきの威勢はどこへやら…妙に大人しくなるマコト。


「分からないか?女の子になれば捕まる心配が激減するんだよ!!

アイツらはみんな変態だからな…」


「………」


マコトは静かに脱ぎ掛けていた服を元に戻し始めた。


「ただし…奴ら宇宙人は鼻も利く…だからこれも併用するんだ」


そう言いながらソラカゲは香水瓶の様な物を懐から取り出し

マコトに中の液体を噴射したのだ。


「うわっ!!何?この甘酸っぱい匂いは?」


「この香水には女性が発するフェロモンと似た成分が入っているんだ

これで宇宙人は匂いからお前が男である事に気付けない

これはお前にやるから持って行け」


ソラカゲは香水瓶をマコトの掌に載せ握らせた。


「あ…ありがとう」


何だかよく解っていないがつい礼を言ってしまったマコトであった。


「じゃあ行くか…ついて来いマコト」


ソラカゲは立ち上がりマコトを促す。


「え?何処へ?」


「決まってるだろう?…地球人居住区だ…そこまでお前を送る

あそこならここよりは幾分かは安全だからな」


「そっか…そうだよね…」


「どうかしたか?」


怪訝な表情をしているであろうソラカゲが問う。


「ううん…何でもないよ…」


マコトは急に物悲しくなったしまったのだ。

それが何故だか今のマコトには答えが出せなかったのだが…


それから程なく三人はあばら家を出て一路地球人居住区へと向かった。

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