其の三 自分の取った選択肢の責任
「マコト、ここから先はお前一人で行け…
地球人居住区までの道のりはこの地図に書いてあるからな」
マコトに地図と呼ぶにはお粗末な紙切れを渡しつつ
ソラカゲはそう言った。
「えっ!?送ってくれるんじゃなかったのかよ!!」
まだ女装が恥ずかしいらしくスカートをしきりに気にしていたマコトが憤慨する。
ソラカゲはあばら家を出る時に確かに送ると言っていたはずだ。
マコトが戸惑うのも無理はない。
「勘違いするな、送るのは本当だ…
だがよく考えろ、俺やカエデがこのままゾロゾロとお前について歩いていたら物凄く目立つだろ?
お前が無事に辿り着けるように陰ながら見守ってやるから安心しろ」
自分の胸を拳で軽く叩き任せろと言わんばかりのソラカゲ
『その格好と香水の効果を確かめられるからちょっと頑張ってみようか~マコト君』
顔がウインクした物に変わるカエデ。
何となくだがこの状況を楽しんでいるんじゃないかと邪推したくなる。
「…分かったよ…」
ソラカゲもカエデも派手な色使いのコスチュームで悪目立ちするのは確かだ。
その二人と一緒に行動するのは宇宙人憲兵に目を付けられるのは必至…
マコトは渋々ソラカゲの提案を飲む事にした。
次の瞬間、ソラカゲとカエデは一瞬で姿を掻き消した。
もうどこに行ってしまったのか分からない。
「スゲ~…いや…本当に大丈夫なのかな…」
一人になってしまい途端に不安が胸の中で急速に膨らんでいく
しかしずっと往来に立ち尽くしても居られない。
意を決してマコトは一歩また一歩とあゆみを進める。
頼りなげに赤いリボンに結われたポニーテールが揺れた。
ある程度歩くとそれなりに大きな通りに出た。
ここは通りを挟んで様々な商店が乱立している。
そして色々な人種の宇宙人も相当な人数が闊歩していて
さながら下町の商店街と言った所か。
マコトはなるべく誰かと顔を合わせない様にやや俯きながら先を急いだ。
「お~何だぁ?こんな所に地球人が居るぞ!」
「ホントだ…子供の様だな…どれどれ」
一人の宇宙人に声を掛けられ取り巻き数人に前方を囲まれてしまった…
嘗め回す様に纏わりつく宇宙人達の視線、クンクンと匂いを嗅ぐ者もいる。
内心穏やかでないマコト。
先程襲われていた記憶がマコトの脳裏をよぎる…またしても心拍数が上がっていった。
「…!!」
ギュッと目を瞑り立ち尽くすマコト。
ソラカゲ助けて!と叫びたかったが恐怖で声が出ない。
しかし…
「何だ…コイツ女だぜ…ちぇっ」
「少年だったら売ればいい金になったのによ…」
宇宙人達はくやしそうにマコトの前から立ち去っていった。
女装が本当に役に立ったのだ…ソラカゲの情報は正しかったと実証された事になる。
「ホッ…」
胸を撫で下ろすマコト。
それからは多少ジロジロ見られる事はあっても何事も無く進む事が出来
地球人居住区まであと僅かな所まで迫ったそんな時。
「ちょっと待てマコト…何か様子がおかしい…」
ビクゥ!!
「うわっ!!びっくりした」
いきなり背後から耳元へソラカゲに声を掛けられ慌てるマコト。
直前まで全く気配がしなかったのだ、無理も無い。
「何?何?何なの?」
呼吸を整えつつソラカゲの方を振り返る。
「この先がやけに騒がしい…地球人居住区で何かあったのかもしれない…」
妙に神妙な声色のソラカゲに、マコトも只事では無いと察する。
耳をすませば確かに悲鳴の様な怒号の様な、時折爆発音も聞こえて来る。
「カエデ!お前はマコトとこの辺に居ろ!オレが様子を見て来る」
そう言うとソラカゲは驚異の跳躍力で近くの商店の二階の屋根に飛び乗り
そのまま高速で地球人居住区の方角へ屋根から屋根へ走って行った。
その様子を見送っていたマコトだったが
居ても立っても居られなくなり、彼なりの全速力でソラカゲを追いかけた。
『ちょっとマコちゃん!ここに居ろってソラカゲが言ってたでしょ~?』
特に怒るでもなくマコトに並走してカエデが付いて来る。
マコちゃんとはカエデが勝手につけたマコトのニックネームらしい。
「きっとあの時の…オイラがチンピラに絡まれたのをソラカゲが助けてくれた事が宇宙人の怒りを買ったんだ…三人も殺しちゃったから…
オレは地球人居住区の住人じゃないけど
宇宙人達にはそんなの関係ないもの…!」
顔を涙でくしゃくしゃにして走りながら悔やむマコト。
『それは違うよ?…マコちゃんのせいじゃない…
宇宙人はゆくゆくは地球人を一人残らず抹殺するつもりなのよ
今の騒ぎもそう…何かしらの理由を付けて地球人をなぶり殺したいだけ
それにあのゴロツキ宇宙人を殺したのはソラカゲが勝手にやった事だしね』
他人事の様にあっけらかんと言ってのけるカエデ。
「でも…でも…」
そう言われてもそうそう割り切れる物じゃない。
『分かった…じゃあソラカゲの戦いを見に行きましょう?
マコちゃんの事は私が守るから』
カエデはマコトを後ろから抱きかかえると
カシャカシャと音をさせ背中と大腿部のカバーを開かせ
バーニアノズルを出現させる。
そこから物凄い勢いでジェット噴射して空高く舞い上がった。
「うわあああ~!!」
突然の出来事に堪らず悲鳴を上げるマコトであった。
「三時間程前…我らの同胞を三人も手に掛けた者が居る!!
お前ら地球人の仕業なのは分かっているんだ!!
速やかに出て来い~!!」
一人の大柄な宇宙人が地球人居住区の入り口の門を入ってすぐにある広場で大声を張り上げる。
頭の左右から湾曲した鋭い角が前方に向けて突き出しており
まるで闘牛の様な面構えで
その見た目はまるで地球の古い神話に出て来る怪物…
ミノタウロスを彷彿とさせる姿だ。
手にはいくつもの突起が付いた鉄球に鎖が付いた武器を握っている
モーニングスターと呼ばれる武器に酷似した物だ。
その後ろには機関銃で武装した宇宙人兵が50人程ずらりと横並びに整列している。
「そんな…我々があなた方上級市民にそんな恐れ多い事をする訳が有りません!!」
この居住区の責任者らしい初老の地球人男性が出てきて応対している。
周りには大勢の地球人居住者が集まっていた。
今の地球では宇宙人は皆『上級市民』
地球人は『下級市民』もしくは『奴隷』と呼ばれていた。
「いいや…そんな筈が無い…最近では我らに対抗しようと地球人共が
正直に名乗り出ないのであればこの居住区ごと破壊してくれるわ!!」
ミノタウロス型宇宙人は右手に持ったモーニングスターを頭上で
ブンブンと振りまわし高速回転させると彼を中心に竜巻が発生…
辺りはたちまち砂埃が舞い、とても目を開けていられない状況だ。
「そ~ら!!皆殺しだ~!!」
ミノタウロス型宇宙人は前方に向かってモーニングスターを突き出す。
遠心力の付いたそれは目の前に居た初老の男性をグチャグチャに飛散させ
なおも突き進み後方の建物を粉砕させたのだ。
それを合図に宇宙人兵が一斉に銃を乱射!!
辺りの地球人達を次々にハチの巣にした。
手りゅう弾を使った者もいて、そこら中で爆発が起こる。
「ぐははははは!!!地球人など保護せずに
初めからこうしていればよかったのだ!!」
モーニングスターで次々と瓦礫の山を築きながらミノタウロスは高笑いする。
「きゃあああ!!」
逃げ遅れた幼児を抱いた母親が地面にへたり込んで悲鳴を上げる。
どうやら恐怖に腰を抜かし動けなくなった様だ。
「はああ~!!死ね~!!」
無情にもその母親に向けて鉄球が振り下ろされる…その時!!
ガキーーーーン!!
鉄球に何かが突き刺さり軌道が反れ母親の右横にドスンと落ち地面にめり込む…母親は無事だった。
その刺さった物は忍者が使う武器の一つ、『
苦無とは少し長めの棒手裏剣の一種で
戦闘以外にも地面や壁に穴を掘ったりと色々な用途に使える道具で
苦が無く使えるから『
「ぬうう…何者!!」
キョロキョロと辺りを見回すミノタウロス。
「どこを見ている…オレならここだ!!」
この広場で一際高い時計台のてっぺんに腕を組んで立つ一人の男…
ソラカゲだ!!
「お探しの宇宙人殺しの犯人はこのオレだ!!掛かって来いよ!!」
掌を上に向け指先だけで『来い来い』と合図をして
完全に相手を煽っている。
「ぬがあああ!!!何をしている!!皆の者!!あやつを撃ち殺せ!!」
激昂して部下の兵に命令を下すミノタウロス。
時計塔に向けて機関銃の銃弾が集中するが
簡単に跳躍してかわすソラカゲ。
そのまま兵が密集する場所へと降下中に手裏剣を放つ。
正確に眉間を貫かれ悲鳴を上げる間もなく10人が絶命しバタバタと倒れる
残りの兵が怯んだ隙に背中に背負っている忍者刀を右肩から抜刀!
瞬く間に残り40人を輪切りにし、辺りは血の海になった。
「『
超技術の
お前さんも部位ごとにバラして肉屋に並べてやろうか?牛野郎!!」
おかしなポーズと動きでおどけて話しかけるソラカゲ。
明らかにミノタウロスを挑発している。
「ふんがああああ!!!ふざけるな~!!」
ミノタウロスは右手で鎖を引っ張り地面にめり込んでいた鉄球を手元まで引き戻し左手の平に掴む、鉄球にはまだ苦無が刺さったままだ。
「おっと…いいのかい?そんな物騒な物を持っちゃって」
ミノタウロスを指差すソラカゲ。
「…?何を言ってやがる…その物騒な物で今からお前を…」
ミノタウロスが鉄球に目をやると、突き刺さっている苦無の柄が点滅して『3』『2』『1』とカウントが減っていっている。
「なあああ!!!まさか…これは~!!!」
『0』
カッ!!
眩い閃光が発せられ、次第に収まっていく…
あとに残されたのは地面に立っているミノタウロスの下半身のみ。
まるで恐ろしく鋭利な何かで削り取られたかの様に切断面が崩れていない。
「『時限式次元爆弾』、爆発に巻き込まれた物を別次元に吹き飛ばしてしまうのさ…何処に行ってしまうのかはオレにも分からないんだがね…」
やれやれとかぶりを振るソラカゲ。
ビュン!!
ソラカゲ目がけて石が飛んで来る。
余裕でかわすソラカゲが見た石を投げる人物は…この居住区の人間…
地球人だった。
「出て行け!!」
「こんな事になったのはお前のせいだ!!」
「殺されたみんなを返せ~!!」
口々に罵声を発し人々が石を投げ続ける。
始めこそ石を避けていたソラカゲであったが
何故か今は避けなくなっていた。
いやそうではない…敢えて受けているのだ。
次々と当たるおびただしい数の石。
ガツッ!!
「あうっ!!」
ソラカゲと住民たちの間に割って入ったのはマコトだった。
大の字に身体を広げて立ちふさがる。
頭に石を受けかなりの出血だ…流れた血が左目を塞いでしまう。
「お前…!!」
驚きの声を上げるソラカゲ
「………」
それを見た住民たちの石を投げる手が僅かに止まる。
傍から見たら自分たちが少女に石を投げつけて出血させてしまったのだから。
その隙にソラカゲはマコトを小脇に抱え跳び去った。
「何て無茶をしたんだ!!あの程度オレには痛くも痒くもなかったのに…」
屋根から屋根へと跳躍中に、いつに無く真剣にマコトを怒鳴りつけるソラカゲ。
「ゴメン…でも見ていられなかったんだ…
ソラカゲは…身体は痛くなくてもきっと心が痛いんじゃないかって思ったから…」
ソラカゲの脇に抱えられながらぽろぽろと涙を流すマコト。
「………」
それを見てもうそれ以上ソラカゲはマコトを責めなかった。
「これが…オレの取った選択肢の責任か…」
誰に言うでもなくソラカゲは呟いた。
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