其の六 僅かな亀裂

「カエデ…なるべく湖岸沿いに移動しろ」


『分かってるって!』


「うわ~…うわ~…」


今、マコトは水上を歩いている…正確にはマコトが体内に入っているカエデがやっているのだが、彼は自分がそんな体験をしている事が信じられなかった。


『どうマコちゃん?なかなか楽しいでしょう?』


「そそそ…そんな訳あるか!!落ちたらどうするんだよ!!オレは泳げないんだぞ?」


マコトは完全に怯えていた。

言葉がどもり、冷や汗を掻いている。


「ホント…お前はビビリだよな~そんなんじゃこの先、生きて行けないぞ?」


「ほ…放っといてよ!!」


茶化すソラカゲに語気を強めて反論するのが精一杯だった。




「そうそう…そのまま猪武者の前まで行ってください…そして戦って私にデータを寄越よこすのです…」


薄暗い部屋でモニターに張り付きブツブツと独り言をつぶやくラムゥ。




「おっといけねぇ…カエデ、そろそろP・Sシステムを作動させるぞ」


「分かったわソラカゲ」


「えっ…?」


ソラカゲが発する聞きなれない言葉に戸惑うマコト。

程なくしてソラカゲの姿が彼の眼前から一瞬で消え失せた。


「…消えた…?」


驚愕するマコト。

すぐ目の前で起こった事が理解出来ないといった表情だ。


「こっちも消えるわよ!バイザーを下ろすから口を閉じてて、でないと舌を噛むわよ?」


それまで頭上に上げていたバイザーを本来の顔の位置に下ろすカエデ。

これでマコトの顔は完全に隠れてしまった。

そしてカエデの身体もスッと湖上から消え去った。




「何!?…どうなっている…!!奴らの姿が消えた!?」


ラムゥは机上のモニターにしがみ付き食い入る様に隅々まで画面を見渡すがソラカゲらの姿はどこにも見当たらなかった。




「一体どうなってるんだ…」


カエデがバイザーを下ろしてからと言うもの、マコトの視界は真っ暗であった。

但し身体はカエデが動かしているので水面を移動しているのだけは感覚として分かる。


「これはP・Sパーソナルステルスシステムと言って自分の姿を相手に見えなくする物よ…

私達に物が見えると言う事はその物に光が反射して目に入るからなの…

だから外部からの光を特殊な力場で湾曲させて光を反射させない様にしているのね…

そう言う訳で今私達は透明人間になっているって事…

でも光を遮っている以上私達も何も見えなくなっちゃうのが弱点ね…

だから消える前に事前の位置を記録してどちらにどれだけ移動したかを感覚で動いているの」


半ば呆然としていたマコトにカエデが説明をした。

彼女の言っている事はさっぱりだが、取り敢えず先程地球人居住区までの道のりを一人で歩いている時、二人が一瞬にして姿を消した理由が分かった。




「むむむ…まさかF・Sフィールドステルス…!?

しかし我らですら個人用の小型化は実現できていないのだぞ…!!

それが地球人ごときに可能だと言うのか…?」


ラムゥが歯噛みする。

F・Sフィールドステルスとは先のソラカゲ達の様に物質の姿を不可視にする科学技術なのだが、専ら宇宙船や運搬車両等の大型の乗り物などに限定されていた。なぜならF・Sフィールドステルスの発生装置はそれなりに大きいからだ。




「ぬう~…遅い!!

もうそろそろ奴らが到達しても良い頃だろうに…!!」


対岸でイノシシ型の宇宙人、イノシンが苛立ち始めていた。

彼自身と彼の部隊員達は岩や木の陰に隠れて待ち伏せているのだ。

さすがに突進しか能が無いとラムゥに揶揄されているとは言えそこそこ頭は使っていた。

とは言え気の短いイノシンは我慢の限界…相当しびれを切らしているのは間違いない。


「イノシン様…」


「何だ!!?」


ギロリと報告に来た兵士を鋭い眼光で睨みつける。

その兵士は一瞬たじろいだが報告を始めた。


「只今ラムゥ様から電文が入りました!!敵は何らかの方法で姿を隠して接近しているので注意されたし…との事です!!」


「あ~?何だと~!?あの毛むくじゃらめ!!ふざけおって!!」


周囲に居る者すべてが震え上がるほどの大声で咆哮するイノシン。

これではソラカゲを待ち伏せている筈が逆に狙われる立場になってしまいかねない。




「さて…ここらでいいだろう…」


ソラカゲは姿が消えているのを活用して少し湖の沖の方へ移動していた。

その眼前、約100メートル先には丁度上陸するのに適した砂地がある。

そしてソラカゲはおもむろにP・Sパーソナルステルスを解いた。

それと言うのもP・Sパーソナルステルスを展開したままだと敵を目視出来ないからだ。


「奴らめ…隠れているつもりだろうがこっちからはお見通しだぜ…」


彼の顔のバイザーの内側に眼光が二つライトの様に灯る。

まるで獲物を照らす照明の様に…

実際ソラカゲにはサーモグラフィーの熱探知で蒼い背景に緑から黄色、赤までのグラデーションで人影が見えている。

数にして100人程の兵士、そして一際大きな人影…これはイノシンだ。

ソラカゲは腰の両側にぶら下げていた木目の板と黒光りする筒状を組み合わせる…すると一丁のライフルが出来上がった。


「さあこのヒナワショット『種子島シードアイランド』の威力をとくと味わえ!!」


種子島シードアイランド』を構えた右手を前方に突き出しサーモグラフィーに映し出された標的に二つの円形のサイトが重なりロックオンする。




「イノシン様!!あちらの湖面で今、何かが光りました!!」


「何ぃ!?」


イノシンの部下がソラカゲの眼光を発見したのだが時すでに遅し…


「喰らえ!!」


ソラカゲの右手に握られた『種子島シードアイランド』が火を噴いた。

ただ、砲身の先端はそれなりにマズルフラッシュが出てはいたが

2cm弱の弾丸が一発発射されただけ…百人を超える軍勢に効果があるとは思えない。


(あんなのであれだけ大勢の敵をたおせるのか…?)


既にソラカゲ同様PSシステムを解除していたカエデの中からその様子を見ていたマコトは不安を感じていた。

しかしその彼の不安は見事に裏切られる。

先程発射された一発の弾丸がイノシンの部隊が潜む対岸に届くや否や一瞬で炸裂し電磁波を帯びた大きな光球となって急激に膨張を開始したのだ。

やがてその光球はイノシン達全員を飲み込んでいく。


「うわああああっ!!!!!」


「何だ!?身体が!?…ぶべらっ!!」


次々と身体が弾け飛ぶ兵士たち。

それも内側から、まるで風船が破裂するかの様に…

ヘルメットの顔の開口部や袖などから大量の血液が噴き出す。

だが不思議なのは岩や樹木、地面などはすべて無事だと言う事…

ただ宇宙人の兵士だけが絶命していく。


「ウオオオオオオ…!?そんな…!!馬鹿なああああああ!!!!!

ブバアアアッ!!!」


イノシンの身体も例外なく弾け飛んだ。

巨躯を誇った彼だけに一際盛大に爆ぜて消えた。

辺り一面は一瞬で紫色の血の海に変貌してしまった。


「…うっぷ…」


マコトは強烈な吐き気に襲われた。

眼前で展開された地獄絵図は年端もいかぬ少年には耐えられる物では無い。


『大丈夫?マコちゃん…』


カエデが気遣って声を掛けて来るがマコトの耳には届いていない。

それ程ショックを受けていたのだ。


「あれは『指向性原子振動弾』と言ってな

地球由来でない原子や細胞組織を超振動で分解、沸騰させて破壊してしまう弾丸だ

だから元々地球上にあった自然物は無事なのさ」


ソラカゲが今起こった事をマコトに説明した。

またしても難しい単語が出て来てマコトには理解不能であったが

当の彼にはそんな事はどうでも良かった。

怪訝な眼差しでソラカゲを見つめるマコト。

露骨なその表情にソラカゲも即座に反応した。


「…何だ?不満そうだなマコト…」


「…何もこんな残酷なやり方をしなくてもいいじゃないか…それに…」


震える声で絞り出す様に言葉を発したマコト。


「卑怯だって言いたいんだろう?…オレが相手に何もさせないで一方的に殺したのが…」


ソラカゲは彼の内心を見透かしていた。

そしてさらに続ける。


「だがな…オレに言わせりゃそんなのは平和ボケした奴の戯言だ!!

忘れたのか?お前が昨日あいつらの仲間にどんな目に遭わされたのかを…

今のこの時代…そんな甘っちょろい考えでいると自分が死ぬことになるぞ!!」


「ぐっ…」


全くその通りで反論できないマコト。

あの路地裏でソラカゲが自分を助けてくれなければ今頃宇宙人にさらわれて慰み者か食料になっていたのかもしれない。

頭では分かっていても心のどこかで現実を受け入れられないのだ。


『まあまあ…ソラカゲもその辺にしておきなよ~マコちゃんは心根が優しいのさ…今時貴重だよ?そう言う発想』


重い空気に耐え兼ねてカエデが割って入る。

しかしマコトの表情は晴れなかった。

やがてソラカゲ一行は先程までイノシン部隊が潜伏していた岸から上陸を果たしマコトもカエデの身体から降りた。


「あと少しで目的地のサッポロ地区だ…そこに着くまで辛抱しろよ…」


先程のやり取りでバツが悪いソラカゲは振り返らずに言う。

ここからは徒歩での移動になる。

三人は北西に向かって歩みを進めた。




「ほほう…奴らの中に子供がいるじゃないですか…コイツは使えますね~それにしてもイノシンの奴と来たら全く手も足も出ないとは…

まぁこの情報を私にもたらしてくれた事には感謝しなくてはなりませんがね~ハッハッハッ!!」


薄暗いモニタールームの中、コンピューター画面から発せられる光を浴びて一人せせら笑うラムゥであった。


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