「考えさせる」という言葉を「考えさせる」、純文学的な逸品

ネット上でたくさんの名作に出会いました。アイデアが優れているもの、文体がセンス抜群のもの、とにかく執筆速度が速くて、どちらかというとストリートアートに見惚れている感覚になるもの等々。

ですがハードコピーして何度も読み返したくなる、自分の投稿作品に決定的な影響を及ぼす、それほどの作品にはなかなか出会えません。本作に出会えた感動を正確に伝えるのは難しいですが、頑張ってみます。以下はあくまで私見、私が感動した点を述べます。

人工肉や生命の複製など、本作にちりばめられた倫理学的なモチーフは、すべて演出上のギミック。本作で本質的に語られているのは、ひたすらにこの世界を生きる主人公の「まなざし」だと感じました。

では世界設定が空虚なものかというと、そこの演出も非常にうまい。人工肉にしろ、それにまつわる(今の私たちから見ると)グロテスクな社会倫理の変化にしろ、私たち読者が生きる現実が抱えつつある要素です。

近未来という、私たちにとって「見えそうで見えない射程の、延長線上の世界」という舞台装置の中で、そういった倫理上の要素を巧みに先鋭化しています。あまりに巧み過ぎて、私も当初、本作は社会風刺の作品なのだと思いました。

主人公は私たちと同じいわゆる平凡な感性の持ち主で、超人ではありません。だから眼前の違和感に「こうしよう!」という解明の動機を持たない。ただ違和感だけがある。そんな主人公を行動に駆り立てたのは飼い猫にまつわる出来事。「猫が餌を食べない」と「猫にあげる餌がない」という、主観(日常)と客観(社会)を同時に問う演出に「上手いなぁ」と読みながら思わず口にしてしまいました。

社会に所与された条件の中で生を重ねつつも、ちょっとした違和感の表明を行った主人公(このあたりの演出も上手いです、ぜひ一読を)の姿。

私も当初レビュータイトルを「~を考えさせる」と書こうと思いましたが、よく考えたら日常で「なんか考えさせるよね」って言った後は100%の確率で考えてないんですよね私。ですからあえて自分自身に対する戒めと、倫理学上の問い以外の目線でも読んでほしいという思いを込めて上記のレビュータイトルにしました。名作です!

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