チュニックになった嫁入り時の羽織、あるいは着物のお洗濯の大変さ

 箪笥を片づけていた時の事です。古びたたとう紙(着物を保管しておく和紙の入れ物)を捲ると、鮮やかな紫地に桃色の百合が描かれた着物と、これもまた鮮やかなピンク地に深緑で野菊が描かれた着物が出てきました。どちらも正絹のとろりとした羽織でした。

 羽織というのは、カジュアルにもフォーマルにも使える、いわばテーラードジャケットのようなもので、着物が普段着だった五十年ほど前は着物のコーディネートの幅を広げるアイテムだったようです。

 発見当初、羽織の衿は色あせ黄ばみ、右袖は虫食いと染みがひどく、どう洗濯したものかと悩みました。持って帰って、とりあえず解いてから洗濯する事にしました。

 前回着物を解くのはとても大変ということを身に染みて体験した梅戸は、図書館へ行って着物リメイクの本を借りていました。ゆえに解き方は学習済みです。

 まずは衿から解くそうで、注意深く布地を切り裂かないように解いていきます。衿を解くと三十六センチ幅の一部だけ色あせ黄ばんだ布が取れました。次に袖を解き、裏地と表地に分解します。それから身頃を裏地と表地に分けました。

 着物を布に戻している最中に、沢山の染みを見つけたので、思い切ってシミ抜きをしようと思いました。検索すると、ぬるま湯、重曹、洗濯板を使うと綺麗になるらしいと知り、さっそく衿の汗しみに試してみました。結果は微妙でした。人力なのでとても大変です。  疲れた梅戸は化学の力に頼りました。重曹にクエン酸を入れたのです。結果は微妙でした。汗しみがほんのすこし薄くなり、洗濯に使った水が菫色に染まりました。ここで初めて梅戸は、色移りの恐ろしさを感じました。

 漬け置きするも、綺麗に取れないシミに業を煮やした梅戸は、ワイシャツの黄ばみに使う専用の洗剤で洗濯しました。大量の菫色の水が生みだされ、シミも薄くなりましたが、生地の色も薄くなりました。

 そのあと、菫色の汁が出てこなくなるまですすぎ、ネットに入れてエマールとダウニーをセットしてドラム式洗濯機で洗いました。この時梅戸は、着物は解いて布に戻してから洗濯すると洗濯がすごく楽になると学びました。

 ピンクの羽織だった布と、紫の羽織だった布はアイロンがけをしました。損傷のひどかった袖は結局捨てました。ただ、勿体なかったので袖の端をすこし燃やして、黒い燃え跡、炎が燃え広がらない、白い煙が出る、燃えカスがぼろぼろ崩れるなどの、特徴的な正絹が燃えた時の反応を確認しました。

 

 その後、紫色の布で直線縫いで作るチュニックを作り、祖母に持って行きました。

 ついでに、車で三十分ほどの道の駅に祖母母梅戸の三人と犬とで向かいました。梅戸の家の犬と祖母がべろべろと道の駅で買ったソフトクリームを食べるのを母がおかしそうに眺めていました。

 ソフトクリームをなめながら、祖母が、紫の生地を眺めて、これは若い頃に着ていた羽織だと言うのでビックリしました。九十近い老人の例にもれず、祖母は要支援三の介護手帳を持っています。物忘れも激しく、梅戸の家の飼い犬の名前を一向に覚えてくれません。

 ただ、紫色のチュニックをしっかりと握って、これは祖父と出会う前から着ていた物だ、どこそこの呉服屋で仕立ててもらったものだと、七十年近く前の記憶をたどる祖母を梅戸は興味深く思いました。そして、もう一度この着物を着られて嬉しいと、ほほにソフトクリームをつけた祖母に言われて梅戸は何とも言えない気持ちになりました。

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