久留米絣再び
元来掃除が苦手だった祖母の住まいとしていた旧宅の、埃まみれの樟脳臭い箪笥から、久留米がすりの着物が発見されました、状態も良く、たいして汚れてもいなかったので、そのまま解きました。ただ、樟脳の臭いがきつかったので布に戻してから洗濯しました。
ハンガーに布を干していると指先が青く染まっていました。藍染めの染料が滲みだしているのです。乾いた布からは藍が滲みだすこともなかったのですが、汗や雨にぬれた時に滲みでてくるのではないだろうかと考えると、少しゾッとしました。
話は変わりますが、着物雑誌を眺めていた時のことです。久留米がすりが取り上げられていました。その綺麗な着物を見て、梅戸は、この間ほどいた久留米がすりをもう一度仕立てなおそう!と思いたちました。
着物のつくりには大雑把に言って二種類あります。裏地のついた袷(あわせ)の着物と裏地のない単衣(ひとえ)の着物です。読者の方が袖を通されたことのある着物は圧倒的に前者の袷の着物だと思います。振り袖訪問着つけ下げ色無地・・・・・ほとんどの着物に裏地が付いており、袷の着物になります。
では、単衣の着物と言うと、夏のカジュアルな着物になります。絽、絣、紬。ですが単衣の着物で最もメジャーなものは浴衣だと思います。浴衣。つまり字面に従うとパジャマですね。絽はかしこまったワンピースのようなもの、絣に紬は半ズボンにTシャツみたいなものです。
浴衣が何故パジャマかと言われると、浴衣は素肌の上に着る着物だからです。他の単衣の着物は下着として肌襦袢や長襦袢を着ています。そこが大きな違いです。
袷と単衣の違いに話を戻しますと、袷の着物を仕立てる際は裏地をつけなくてはならないので専門業者(しっかいやさんといいます)に頼みます。悉皆屋さんは仕立てだけでなく着物の手入れに関していろいろな処置を行ってくれる業者さんです。袷の仕立てに関して、裏地をつけることは和裁素人にとって大変な作業なため専門職に頼むのです。
一方、裏地をつける必要のない単衣は和裁素人でも根気と几帳面ささえあれば簡単に仕立てることができます。ですから、浴衣などは和裁の心得のあるおばあちゃんに作ってもらえるのです。梅戸も和裁の心得はちっともなくとも洋裁の心得は幾分かあるので、単衣のセミスクラッチビルドに挑戦しようと思ったのです。
インターネット検索で調査し、洋裁とは異なる着物用の寸法を計算しました。細かい計算をくり返すことはとても面倒でしたが、辛抱して寸法を割り出しました。
次に、身頃、と呼ばれる胴体部分を縫いました。一度仕立てられたことのある布を用いていましたので、残されていた往時のガイドラインが目印となり、わりと困難なく縫えました。次に衿を縫いました。身頃だけだと只の暖簾めいた物体でしたが、衿をつけるとマトモな着物じみた物体に昇格しました。こうやって只の布が、地道な線引きや織り目に沿って縫われていくことで別の意味のあるナニカにメタモルフォーゼする様は、和裁に限らず、アクセサリー作りであっても料理であってもプラモデルであっても面白いことです。
縫い方が特殊な着物の衿付けはかなり根気が要りましたが、なんとか成りました。次に袖を縫いました。他にも着物特有の縫い代を幾つも縫って着物を仕立てました、すごく大変でした。簡単、と書きましたがそれは袷を縫うのに比べて、という意味であって、和裁はしばらくやりたくないです。
染色は、自分の力や采配のおよばぬところで変化が勝手に進んでいくので、それをつぶさに観察することがとても楽しかったのですが、着物を仕立てることに関しては、自分の技量、采配一つで良くも悪くもなるので、気楽にやりたいはずなのに、変なプレッシャーがかかって息苦しかったと思います。
また、一枚の布、つまり反物から材料を切り出して着物の形を作り上げる工程から得られる達成感を味わっていない為か、もしくは、元々着物の形をしていた物を分解、再構築しただけなので達成感が薄いのか。よく整理しきれていませんが、そういうところもあるのかなあと。
キモノ・サルベイション 梅戸藤花 @dion_kawaii
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