死者の弔いと着物

 祖母の旧宅に隣接する、日の差さない、何十年も物が置きっ放し、埃が積もりっぱなし、虫の死骸があちこちに落ちているフォールアウト世界のような、納屋からまた箪笥が発見され、中を検めると、着物が入っていました。

 似たような着物が沢山出てきて、家に戻って着物を広げてみると、紋付の夏用の喪服でした。フォールアウト世界から取り出されたその喪服は、あちこちに鼠の齧った跡が散見され、とても何かにリメイクできるような生地ではありませんでした。しかし、全て正絹で捨てるのが大変惜しかったため、解いて布に戻し洗濯をしました。

 夏用の喪服は、黒一色です。黒い着物と聞いて思い浮かぶ、ヤクザの姐さんが着ているような、黒留袖という種類の着物は下半身部分に柄が描いてありますが、夏用の喪服は柄がありません。そして透けます。ですから下に真っ白の夏用の着物を着るのです。今回の探索でその白い着物も一緒に出てきましたので、今回は大量の着物を解くことになりました。

 解けども解けども一向に減らない布の山に埋もれながら、現代の、お葬式に喪服の貸し出しサービスがあることのありがたさをしみじみと感じました。着物の喪服は一生のうちに片手で数えるくらいしか着る機会のない特殊な着物です。なぜなら喪服には必ず紋が入っているからです。紋付着物は親族の冠婚葬祭にしか着ません。喪服の場合ですと具体的には親が死んだ時、兄弟が死んだ時くらいです、それでもなお、洋服の方が手軽で他の法事に着まわしもできるので喪服を着て葬儀に出ることは滅多にないかと思います。

 着る機会が非常に限定される着物であっても、祖母が若かったころまではそのような着物で親しい人との永訣を果たすのが日常だった事を思いました。もう死者を着物で弔う時代はとうに過ぎてしまい、戻ってこないのでしょう。確かに洋服の方が値段も安いですし管理も楽で動きやすい。

 平成の世の中にあって、死者を弔うことは生者の時間を圧迫することになります。初七日も、四十九日も簡略されて喪服を着る機会すらないと思います。社会は現実を生きる者の為にたゆみなく動き変化していくのであり、それは可能性を追求し、望むべき未来を切りひらくことでもあり、それはよろこびでありいとおしさであり人間であるということの証明なのだと思うのです。和装に戻れとか、洋装は和装に比べて格が劣るからだめとかいうつもりは一切ありません。ずっと同じ、いつまでも変わらないという事の方が珍奇なのです。

 この紋付の喪服も一度か二度着ただけで役割を終え、一枚の布に戻りました。堅苦しい家紋など背負わなければもう少し着物として人の役に立てたのでしょう。しかし、この着物は家紋を背負うことで、死者と生者の名残を惜しむ時間に敬意と尊厳とを与えたのだろうと思います。しかし、そのように女々しく死者に哀惜を手向ける時代などとうに過ぎ去りました。そのような時代と共に生まれた着物は、時が過ぎればまた一枚の布に戻り、朽ちていくしかないように思いました。

 ただ、解いた反物の端に染め描かれた「黒染め 国産 正絹」の文字に、名も知らぬ職人の手によって一本一本堅牢に染めつけられたぬばたまの黒の手技を感じました。この技術も喪失の憂き目を見ることになるのだろうか、と考えるとすこし寂しい気持ちになります。絹糸一本一本に宿った染付職人の気概もやがて忘れ去られていくのでしょう。

 真っ黒の布に戻した喪服は、母と祖母の弔事用の袱紗とバッグに仕立てました。梅戸の技量及ばず、三百円均一の雑貨屋さんに売ってあるようなちゃちなデザインになった袱紗とバッグは正絹製で、それだけは三百円の雑貨屋よりましなところかなと思いました。

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