心の口を閉ざして、黙って目の前のものを。

「穏やかに、静かに心の口を閉ざして、黙って目の前のものを見つめることは、本当はとっても難しいことなんだと、わたしは思います」

この一文は、ただ花に対して言った言葉ではなく、あらゆるもの、あらゆる生きるものに対する言葉のようです。

何かを見る時。人はそれに説明を求めてしまいます。
例えば美術館で、作品よりも先に説明文を読んでしまうような。
しかし、それよりもまずその作品と対峙して心に映して、ただ静かに自分の中に湧き上がってくるものにじっと耳を傾けているほうがよほど知ることが出来るのだと思えるのです。
それが後になって読んだ解説文とは違った受け取り方であったとしても……。どんなことも人それぞれの五感を通してその人なりのフィルターをかけて受け取るものなのですから。

私は写真を撮ることを趣味にしていますが、冒頭の言葉を読ませて頂いた時にまさに写真を撮るということはこれだと感じました。
花の名前には詳しくありません。ただ野に咲く花も例え枯れた花であっても、美しいものは美しい。それをどう切り取ろうかとレンズを向ける時、私は私の心の中でその花と対話しているのだと思えます。

名前は知らないほうがいいのかもしれません。
花園の君。
しかし、彼女の名前を知った彼がこの後に自分を変えていくことが出来るのでしたら、その名前を呟くことが彼の歩を進める力となるのでしたら……。
耳元で囁かれた名前。どんな名前なのでしょうね。
彼女は彼のナイチンゲールなのでしょうか。

繊細で揺れ動く主人公の心に寄り添った、ゆらゆらと読者を揺さぶるような小説。美しく儚く、しかししっかりと根を張った植物たちのような、心を優しく撫でていくお話です。

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