第8話『まだだ、まだおわらんよ!』
協議の結果、俺達『我島重工』は“走行ができてキャノン砲も付いた有人型二足歩行ロボットの開発”という条件を呑んでくれる資金援助者を探すことに決まった。
ドミニカや某王手検索エンジン先生曰く、スポンサーとの契約を取り付ける方法は大きく分けて二つあるという。“ネットの募集サイトなどを利用して呼びかける”か、“実際にスポンサーになってくれそうな人物の元に足を運び、直接交渉する”かだ。
ドミニカと取り決めた勝負の期限まであと約一ヶ月と、とにかく時間的な猶予がない。そのためスポンサー探しはひとまず昼休憩を挟んだあと、今日の正午から開始することにした。
ちなみに今回は俺が直接交渉担当で鉄也がネット担当と、役割をきっちり分担している。なので、俺は午後の浅草商店街を駆け巡り、片っ端から地道に、店主達へと直接契約の交渉を持ちかけていった。
企業に比べると得られる資金はそれほど多くないかもしれないが、その分契約の敷居もいくらか低くなっていることだろう。それに、自慢ではないが俺はこの街ではそこそこ顔が広い、というのもある。
地域に住まう人々の力を借りて、人型ロボットを作る。……何とも夢のある話だろうか。
その夢への第一歩として、俺は契約を取り付けるべく次々と直接交渉へと赴き……、
「契約成立で資金がガッポガッポ! ……そう思っていた時期が、僕にもありました」
そして見事に玉砕していった。
時刻は既に午後3時を回っている。打ちひしがれてしまった俺は休憩も兼ねて、隅田公園のベンチに腰を下ろしていた。
「おかしい……。俺のロボット開発に対する熱意は十分すぎるほどに伝えたはずだ。なのに、なぜ返事は決まってNOなのだ……? 珈琲店の店長、甘味処のおじさん、コロッケ屋のお婆ちゃん……ッ!!」
「無名のうちは誰だってそんなものよ。ましてや人型ロボット開発なんて大金を使う大博打、余程のバカかお人好しを見つけない限りは契約なんてそうそう結べないわよ」
「……なにゆえお前が付いてきているのだ、我島ドミニカ。暇か、暇なのか?」
重たい顔を上げると、すぐそこには柱に寄りかかるブロンド髪ロシアン少女の姿があった。
相変わらず黒い服を着て、黒いニーソックスを履き、黒いキャスケット帽を頭に被っている。こんな真夏に黒尽くめの格好は流石に暑いのではないかと思ったが、彼女は依然として涼しげな顔をしていた。
「忙しくてたまるもんですか。今は夏季休暇中だもの」
「宿題とかがあるだろう。最後の日にまとめてやろうとすると地獄を見るぞぉ〜?」
「そんなのないわよ。これでも私、飛び級して既に大学も卒業済みなんですけど?」
「とっ、飛びきゅ……!?」
煽ってみたつもりが思わぬカウンターを喰らい、つい声が裏返ってしまう。それを見てドミニカは『ふふん』と勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
……この小娘、たとえ些細な勝負ごとでも勝ちたがる、相当の負けず嫌いな気がする。
「で、結局スポンサー探しはこのまま続けるつもり? このご時世、ネットで募集をかけまくったほうがまだ可能性があると思うけど」
「続けるに決まってるだろう。俺のロボにかける情熱が回線に乗るはずもないからな。たとえ地道でも、俺は諦めんぞ」
「ふーん。本音は?」
「このまま帰ったら鉄也クンに怒られる……って、変な誘導尋問をするなっ!」
俺は気怠さを振り払うようにベンチから勢いよく立ち上がると、手近な自販機へとガニ股で向かう。小銭を投入口に入れ、大雑把に“正午の紅茶 レモンティー”のボタンを指で押した。
「これを飲んだら活動再開だ! 今度こそ俺の熱意で不可能を可能にしてみせるぞ……っ! お前もその勇姿を、せいぜい傍で見ていることだな!」
「ハイハイ。あんまり期待しないでおくわ……って、んん……?」
俺とドミニカのやりとりを、“ピロピロピロ”という何やら気の抜けた電子音が遮った。
顔を見合わせて音のなった方──自販機へと視線を向ける。
下方の排出口には、今さっき購入したばかりのレモンティーがきちんと落下してきている。にも関わらず、商品のボタンは未だにランプを点灯させたままの状態になっていた。
「ア、アタリ出た……」
「……あんた、本当に運だけはいいのね」
呆れたように言うドミニカは、内心わりと本気で感心しているようであった。
実際、俺には注意が削がれている時のみクジ運が強くなるという妙なジンクスがあった。今こうしてロボット開発に投じていられるのも、元を辿ればこの幸運スキルのおかげだと言っても過言ではないだろう。
とはいえ、自販機でアタリが出たところで正直そこまで嬉しくないというのが本音ではあるのだが。寧ろ荷物が増えるので少し邪魔でさえある。
「ほら、お前好きなの選べよ」
「えっ」
ドミニカに購入権を譲ると、何故か彼女は驚いたような顔を浮かべた。俺が奢るのがそんなに意外か。
「今朝の差し入れのお返しだよ。こんなサービス、滅多にしないんだからな……っ!」
「……ま、まあ、そういうことなら素直に受け取っておくわ。買ってあげたものをラッキーで返されるのはちょっと癪だけれど、大目に見てあげるわよ」
「お前、ほんといつも二言くらい余計だよなぁ……。可愛くねぇ」
「ほっときなさいよ。ふんっ、んんん……!」
ドミニカは自販機の前に立つと、急に背伸びの運動をし始めた。いや、違う。この伝説の動きはまさか。
「……届かないのか。上のボタンに」
「ほっときなさいよ! ん、もう……ちょい……っ!」
そう言ってプルプルと震えた手を伸ばす彼女の身長は、俺よりも頭一つ分ほど小さい。きっと頭ばかりを使い過ぎた故に、成長ホルモンが体まで行き渡らなかったのだろう。若さにものを言わせて夜更かしもしていそうだ。
見るに見かねた俺は、彼女の指先にあった“正午の紅茶 レモンティー”のボタンを押してやった。ドミニカが『ふぇっ!?』と間抜けな声を出すと同時に、ペットボトルがガコンと排出口へと落ちる。
「フッ、礼には及ばないぜ」
「ちょっと……私が欲しかったのは、レモンティーじゃなくてミルクティーなんですけど……!?」
「言ったはずだぞ。“今朝のお返し”だとな……!」
「ぐぬぬ……まあ、奢られる私がどうこう言うのもアレだし、別にいいケド……」
(やった! 今度こそ、この小娘に一矢報いてやったぞ……っ!)
俺は嬉しさのあまりガッツポーズをとる。それをドミニカは少し悔しそうに見据えながらも、蓋を開けたボトルに口をつけた。
「……まあ、レモンもたまには悪くないわね」
「? 何か言ったか?」
「べつに。独り言よ」
その後、俺たちは特に会話を交わすことなく、黙々とレモンティーで喉を潤す。
吹き抜ける潮風が、今日は一段と心地よく感じられた。
錆色ロボット Reboot 東雲メメ @sinonome716
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