第7話『スポンサーを怖がり過ぎよ』

Здравствуйтеズドラーストヴィチェ


 午前10時頃。

 いかにもネイティヴスピーカーらしい発音の挨拶と共に、我島ドミニカがガレージへと入ってきた。その手には、何やらコンビニのものと思わしきレジ袋が握られている。


「……って、だいぶお疲れ気味のようね」

「設計主任様が何の用だ……? ああ、対戦相手を鼻で笑いに来たのか。なんて……なんて器が小さい……」

「酷い言いがかりねぇ……。折角差し入れを持ってきてあげたっていうのに、あげないわよ?」

「なに、差し入れだと……!?」


 レジ袋の中身はどうやらドミニカからのささやかなねぎらいだったようだ。ドミニカはレジ袋から飲料の入ったペットボトルを一つ取り出すと、俺へとそれを見せてきた。

 すかさずラベルを確認する。


「おお、それは俺が愛飲していることでおなじみの正午ティー! ……って、なんだ。ミルクティーじゃないか」

「なんで不満そうなのよ。頭脳労働後だろうからと思って糖分多めのミルクティーにしてあげたんだから、寧ろ感謝して欲しいくらいなんですけど?」

「ええい、ミルクティーはドロッとし過ぎているんだ! 俺はもっとフルーティで爽やかな飲み口のレモンティーを所望するぜッ!」


 暑苦しく抗議する俺だったが、ドミニカはそれを適当にあしらいつつ、鉄也にもう一本のボトルを手渡す。この女、初対面の時よりも随分と俺に対してのスルースキルが成長している気がする……。


「はいはい、要らないのね。はい、これは古賀さんの分」

「おっ、サンキュー」

「すみませんやっぱ僕にもください」


 俺が頭を下げたことで、ドミニカはようやく俺にもミルクティーのボトルを渡してくれた。不本意ではあったが、糖分を摂取したかったのもまた事実だったので、致し方ない。


「意地なんて張らずに最初からそう言えばいいのよ。で、進捗状況はどうなの?」


 ドミニカに聞かれ、俺と鉄也は今までの議論の内容を事細かに説明した。

 “YGT-01”が抱えている全ての問題点を解決するべく、後継機“YGT-02”を開発するという案が出たこと。

 しかし、実際に後継機を作ろうとすると今度は資金面で問題が生じてしまうということ。

 かといって他に具体的な問題解決法は浮かばず、堂々巡りに陥ったまま現在に至るということ。

 全て話した。


「……なるほどね。今まではその……“軍資金Z”? 宝くじで当てた資金で何とかやり繰りしていたけれど、それも尽きかけているわけだ」


 椅子に腰掛けて話を聞いていたドミニカは、顎を手で触りながら話の内容を整理する。共有された情報もスムースに理解している辺り、流石はプロの技術者といったところだろうか。


「我島さん。何か……打開策とかありますかね?」


 あろうことか、鉄也がそんなことを言った。俺はすかさず止めに入る。


「ちょっと待て鉄也クン! なに競争相手に助言なんて求めてるんだ……!」

「だってさぁ、俺たちが一晩中ない頭を絞っても特にいい案が浮かばなかったわけじゃん? こういうのはプロにアドバイスを聞いたほうが利口だって」

「むぅ……それはそうだが……」


 鉄也に正論を言われ、俺はつい黙り込んでしまう。意地でもドミニカには聞きたくなかったが、それも特に意味のない男のプライドが理由だ。このまま情に流されてしまうのは、どう考えても得策ではない。

 しかし……やっぱりこの女には頼りたくないなぁ……。

 そのようにして、俺はまたしても意味のない葛藤を繰り返していると、それを見兼ねたドミニカが議論を推し進めるべく喋りだす。


「ドミニカでいいわよ、古賀さん。あなたの方が歳上なわけだし」

「オーケイ。こっちも鉄也でいいよ」

「じゃあ……鉄也さん。資金が足りないなら、やっぱり資金援助をしてくれるスポンサーを探すのが手っ取り早いと思うのだけれど……」

「ああ。それは俺も思いついたんだけどさ、光子郎の奴が駄目だって言って聞かないんだよ」


 鉄也が言うと、ドミニカは『だと思った』とでも言わんばかりの呆れ顔でこちらを一瞥する。


「駄目って……。はぁ、一応聞いておくけれど、どういうことなの? 向井」

「俺は呼び捨てなのかよ!? ……まあそれはともかくとして、スポンサーやクライアントなんてものを付けてしまったら、上からの色々な圧力がかかって自由にロボット開発が出来なくなってしまうじゃないか!」


 それこそ、何処ぞのロシアンロリータみたく『人型ロボットはナンセンスだ』などと何処ぞの頭でっかちみたく根本から否定されかねない。あぁ、恐ろしい……ッ!

 そのような理由から、スポンサーを付けることだけは絶対にしたくなかった。思いのままにロボット開発をすることができなくなってしまうのは、どう考えても明らかだったからだ。


「スポンサーを怖がり過ぎよ……。そこは『人型ロボットを作る』って前提を最低条件として契約を結べばいいだけじゃない。一応、『人型』ってだけでも広告的価値は含んでいるのだから、企業側からしても悪い話ではないと思うのだけれど?」

「その道のプロもこう言ってるわけだしさ、ここは妥協しないか光子郎。このままじゃ『自由に作る』以前の問題、『作ることすらできない』って」


 鉄也の提示した二つの選択肢に、俺は頭を悩ませる。彼の言う通り、資金援助者を見つけ出さなければそもそも“YGT-02”の開発にすら漕ぎ着けられない。悔しいが、それが現状だ。


「はい、二対一だけど。これでも駄々をこねるわけ?」

「なにゆえお前が頭数に数えられている……!? それに、俺には並々ならぬ『拘り』がある! スポンサーを付けるということは、それを切り捨てることと同義であるといっても過言じゃあない……!」

「あの無駄なキャノン砲のことを言ってるのなら擁護しきれないのだけれど……。なら精々好きな方を選ぶことね。『妥協して開発を続けるか』、『ロマンなんてものを優先したばっかりに開発を諦める羽目になる』か。どうするの、我島重工の熱血所長さん?」


 ドミニカに問い詰められ、俺は必死に思考を張り巡らせる。

 スポンサーを得られなければロボット開発を続けられない。

 妥協してしまえばロマンは得られない。

 皮肉なことに、この二つの選択肢は相反する場所に存在していた。どちらかを得るためには、もう片方を切り捨てるしかないのだろうか。


(いや、まてよ。この二つは別に真逆の選択肢ってわけじゃない気がするぞ。ひょっとしたら両立できるんじゃないか……?)


 そう思い至った俺は、目の前の二人に対して自分の意見を述べる。


「もちろん妥協はしない! だが、スポンサー探しも行う! なぁに、『自由に作らせてくれる資金提供者』を探せばいいってだけの話だ」


 要は、『走行ができる有人二足歩行ロボット』の開発を承諾してくれるスポンサーを見つけてしまえば、全て解決する話だ。この条件を呑んでくれるような資産家はそうそういないだろうが、かと言って全くのゼロというわけではないだろう。


「二人共これでいいか?」

「なんで私が頭数に含まれてるのよ!?」

「アドバイスを貰ったから確認しただけだぞ? むふふ……さてはお前、自分が仲間に入れてもらえたと勘違いしちゃったかぁ〜?」

「そ、そんなんじゃないわよ! ……まあ、あなた達がどうしようが勝手だし、私が口を挟める問題ではないのだけれど……。鉄也さんはどうなの?」

「俺は賛成かな。無謀かもしれないけど……、俺も少し賭けてみようかなと思うよ。妥協するのは、まず試してみてからでも遅くないしさ」

「よし……じゃあ、当面の目標はこの条件でのスポンサー探しに決まりだな!」


 無事に賛成を得られた俺は、ホワイトボードにでかでかと“当面の目標”を書き出す。書き終えてペンのキャップを閉めると、大袈裟なくらいにホワイトボードの表面をバンと叩き、高らかに叫ぶ。


「これより俺たち『我島重工』は、“走行ができてキャノン砲も付いた有人型二足歩行ロボットの開発”という条件を呑んでくれる資金援助者の熱血捜索を開始するッ!」

「へへっ、こういうのって何か青春してるってか……悪くないよな」


 鉄也はどこかこそばゆそうに鼻をかく。照れ臭さはあるものの、その顔は誇らしげだ。


「あくまでキャノン砲は譲らないのね……。まぁ、精々頑張りなさいよ」


 しれっと毒づくドミニカであったが、心なしかその口元はどこか綻んでいるようだった。


 かくして、俺たち『我島重工』による“YGT-02”の開発がスタートした。スポンサー探しは、その第一歩となる。

 例え俺達にとっては小さな一歩でも、これがやがて人型ロボット研究における偉大なる一歩になることを信じて。




「……で、具体的にスポンサー探しとはどのようにやるのだ?」


「「そこからかよ!!」」

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