1 冗談だった話 その2

 部活も終わり、皆が楽器を片付け帰る準備をしている。

 窓から差す夕日が、音楽室を赤く染めていて綺麗だ。グランドピアノがその光を強く反射していて眩しい。

 今日の部活は顧問の先生の都合で早めに切り上げられ、ちょっと練習量が多かった最近のスケジュールに疲れていたため、みんなそそくさと音楽室を後にしていく。


「かなちゃん、まだ練習していくの?」


「うん、コンクールも近いし、まだミスも多くて不安だから・・・」


 中学から吹いているチューバ。

 あまり目立った楽器ではないけれど、腹に響くような低音が好きだし、私自身、クラスで目立つポジションではないから、なんとなくそこに親近感を覚えて選んだ。

 どちらかと言えば不器用で、お世辞にも演奏が上手いとは言えないが、それでも精一杯頑張っている。

 うちの高校は別に吹奏楽強豪校という訳でもなく、地元のコンクールでそれなりの成績を残しているだけという感じで、どちらかと言えば、皆が楽しく演奏することを重視している。


「かなちゃんはまじめだねえ、今度お姉さんがスタバを奢ってあげようじゃあないか。」


 有希はそういって私の頭を撫でてくる。

 あなた、同級生でしょ。


 くふふと笑う有希の笑顔が、眩しい。

 有希とは小学校から一緒で、吹奏楽部を始めたのも有希が入ったからだった。

 彼女は私と違い、クラスでも人気者で、成績も良く、可愛くて非の打ち所がなかった。そんな彼女と一緒にいることを知らない生徒には不思議がられてしまう。もっと私も頑張らないとなあと思う。


「かなも、実はこっそり男子に人気あるのよ?」


 なんて言われるが、そんな嬉しいイベントも今のところ経験したことはなく、はいはい、と言って彼女をあしらう。


「それじゃあ帰るね、また明日ー。」

「うん、気をつけてね」


 バタンと音楽室のドアが閉まる。静まり返る音楽室。いつもはあれだけ色々な楽器で混沌とけたたましく鳴っているこの場所も、主がいないとこんなにも静かなのか。

 あまり、音楽室に一人になるということはないな、とふと気がつく。まあ、なかなか上手くいかないフレーズを詰まらずに何度か吹けたら切り上げよう。


 数十分して薄暗くなってきた音楽室の電灯を点ける。もう、こんな時間だ。なんとなくコツもつかんできたし、そろそろ帰ろう。

 なんとなく、音楽室の雰囲気にも落ち着かない。

 チューバの手入れをして、後ろに置いていたケースに片付けると、後ろでガタンという物音が聞こえた。


「え?」


 恐る恐る後ろを振り向く。どうやら、準備室の方だ。多分、中に置いてある機材か何かが倒れたんだろう。

 確認しに行った方が良いのだろうけれど、心臓がバクバクでそれどころではない。知らなかったことにしてさっさとここを出よう。


 バキッ!


「や・・・」


 な、なんの音なの?本当に心臓に悪い。

 早くここを出ないと。ドアに手をかける。

 見てしまった。

 ドアにはめ込まれたガラス。私と、その後ろ。居るはずのない、誰か。


「・・・!」


 恐怖なのか、金縛りというやつなのか、ドアを引こうとする手が動かない。

 後ろにいる誰かが、ゆっくり私に近づいてくる。

 姿ははっきりとは見えない。ガラスに反射したそれは、所々赤く見える。そんなことを冷静に考えている暇はない。逃げないと。


 タッ・・・タッ・・・


 歩く音が聞こえる。体の硬直が解けない。怖い。

 泣き出しそうになりながらなんとかドアを開こうとする。

 引き剥がすように無理矢理に腕を動かし、なんとか教室から出ようとしたその時、耳元に生暖かい息が当たる。

 全身に悪寒が走る。

 そして、ソレは、はっきりとこうつぶやいた。


「殺して」


 勢い良く開いたドアから転がり出るように一目散に逃げ出す。

 後ろを振り向くと、ソレは音楽室の入口に立ち、その腕で、自らの首を絞めているように見えた。

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本当じゃなかった怖い話 おーゆー @eee79

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