本当じゃなかった怖い話

おーゆー

1 冗談だった話 その1

 放課後、陽も落ち薄暗くなった校舎で、友人にこんなことを聞いてみた。


「夜の音楽室って怖いよな。」


 僕の通っている高校には、これといったオカルトチックな噂がなかった。

 幽霊だとかUMAだとかが好きで、よくインターネットでそういう話や動画なんかを探しては、今まで心霊なんかの不思議体験をしたことをない自分の体質?をちょっと恨んでみたり、そもそもやっぱり心霊体験なんて全部脳のバグなんだろうな、と諦めて、心霊そのものの存在にも懐疑的(というと友人にはどっちなんだよと突っ込まれたりする。)で、目に見えないそれへの期待はほとんどなく、ただの暇つぶしのような趣味だった。


「あー、でもこの学校そういう話聞かないよな。7不思議っていうの?俺の小中学校にはそういうの結構あったんだけどなー。」


 友人の上田は、隣の市からこの学校に通っていて、入学してからはよく僕とつるんでは、微塵も建設的ではない雑談で盛り上がっていた。

 2年に進級してからはクラスも変わってしまったが、未だに彼とはよく会話をする。


 この学校で怖い話を聞かない、というのも当たり前の話で、この学校が開校したのはここ十数年の話。それもこんな都市部なもんだから土地柄的に霊が、なんてこともない。


「だったらさ・・・」


 僕たちで創ってみないか?と上田に持ちかけてみる。

 歯を見せニヤリと笑う上田。面白そうじゃんと表情で答える。

 もう一人、後藤にもこの話を持ちかけ、とりあえず次の金曜日までに、一人何個でもいいから、怪奇現象を創って持ち寄り、その中から選抜して、徐々に広めていこう、ということになった。


 持ち寄った怪奇はどれもこれもどこかで聞いた話、似たり寄ったりなものだったので、この学校特有のユニークな内容にしようと、怪奇の内容は深く考えず、思いついたワードや怪奇現象を列挙し、それを組み合わせて、案を出し合ってみた。


 そして、9つの怪奇を作り上げた。


 1.夜の音楽室の前の廊下で男女の区別のつかない声で、後ろから声をかけられる。


 2.廊下の端から端まで駆け抜けると、神隠しにあう。


 3.昼間、職員室に見知らぬ先生が紛れ込んでいる。


 4.校舎の裏にある倉庫が一人でに開閉する。


 5.校舎の中にある机のたった一つだけ、棚が異世界と繋がっている。


 6.早朝、校舎のどれかの個室トイレで水が流れっぱなしになっている。


 7.放課後、校舎内のとある鏡の前で話したことが現実となる。


 8.放課後、どこかの教室の椅子に黒い影が座っている。それを見るたびに一人ずつ、影が増えていく。


 9.誰も知らないところで、怪奇がひとつずつ増えている。



「こんなもんか。なんか9つになっちゃったけど。しかしまあ、トイレが流れっぱなしって。」


 上田が笑う。それ、お前が作ったんだろ。

 ノリで作った話だから、内容も全然定まってなく、ほぼタイトルのみの怪奇たち。

 もう少しセンセーショナルな方が広まりやすい気がするが、まあ思いついたら尾ひれ羽ひれをつけるだけの簡単なお仕事だ。逆に設定を練らない方が面白いだろう。


 とりあえずタイミングを見て上田がクラスメイトに1つめの音楽室前の話をして、噂が広まるのを待つことにした。



 次の日、早速上田が噂を広めたようだった。


「とりあえず、吹奏楽部の奴に話しといた。」


 どんな話したの?僕が上田に聞いた内容が、こんな話だ。



 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



 放課後、部活終わりに忘れ物に気が付き教室へ戻ろうと廊下を歩いていると、ふと音楽室の方から何か物音が聞こえた気がした。

 その日は吹奏楽部の練習がなく、音楽室が使われていないはず。誰か個人練習でもしているのかと思い音楽室の方に近づく。

 音楽室には入り口がひとつしかなく、隣の楽器を入れる倉庫部屋と中で繋がっており、その倉庫部屋の入り口も廊下に面している。


 音楽室の入り口に近づくが、電気は付いていない。

 もしかして中の楽器でも倒れたかな?

 気にせずその場を立ち去ろうとすると、なんとなく視線を感じて、恐る恐る後ろをゆっくりと振り返る。


「誰もいねえじゃねえか・・・」


 ふーと大きく息をつき、一歩踏み出そうとしたとき、


 耳元で、ぼそぼそと、



「縺�∴縺� �撰シ托シ抵シ�ュ怜喧縺代ヱ繧ソ繝シ繝ウ讖溯�繝サ遐皮エ�オ �ァ�ィ�ゥ�ェ繧ゥ譁�ュ怜喧縺代ヱ繧ソ繝シ繝ウ」



 全身が震え上がって一目散に逃げ出した。



 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



「なーんかありきたりだなあ。」


「最初なんてこんなもんだろ?むしろ色々なことを想像できるようにストレートな内容にしたんだよ、あえて。」


 まあ作り込み過ぎても逆に嘘くさいし、こんなもんでちょうど良いのか。どんな反応だったの?


「その子は割と怖がってたよ。この後部活あるのに行きづらくなるとか言って叩かれた。」


 自慢か?それは。なんかいらっとくるな。

 とりあえずこんな感じで噂が広まれば、徐々にこの学校の7不思議(考えたのは9つだけど)として形作られ、僕らが卒業した後にも語り継がれていくかもしれない。そう考えるとちょっとワクワクする。

 案外、他の学校の7不思議もこんな感じなのかもな。火のないところに煙が立たないなら、自分でボヤ騒ぎを起こせば良い。

 なんて悪趣味なんだろうか、と思いつつ、学校生活において怪談話ってのはある程度必要不可欠で、味気ない日常にスパイスを加えてるんだと言い聞かせ、納得した。

 次の話はいつ頃広めようかな?それも全て3人で広めたら嘘くさくなるし、何か考えないとなあ。



 数日後、らしくない暗い表情で後藤が僕に話しかけてきた。


「あのさ、俺の彼女いるじゃん。」


 ん?ノロケ話?それとも別れ話でもあったのか?


「違う違う。実は、部内で見た奴がいるらしいんだ、例の。」


 部内?ああ、そういや吹奏楽部だっけ、彼女。しかもサックス。サックスといえば吹奏楽でも花形だし、俺もサックス習いた、


「そんなことどうでもいいよ。この間広めた話あったろ?音楽室の。」


 周りに聞こえないよう後藤が声のボリュームを落とし続けた。


「実際に、音楽室の前で心霊体験したって奴が吹奏楽部で出たらしいんだよ。」


 あの話、といえば数日前に上田が吹奏楽部の子に話をした、例の作り話。

 その時はクオリティが低いと思ったが、すでに吹奏楽部の子に噂が広まりつつあるようだ。単純な内容で覚えやすかったのもよかったのかもしれない。音楽室は定番だしな。

 しかし、実際にそれを体験した人が出現した・・・

 これは想定外だ。


 当然、僕が考えることは、


「まじかよ、それ。嘘じゃないの?目立ちたかったとか。だって、あれ作り話だし。」


 もしくは、心霊体験を意識しすぎた結果、脳が作り出した幻影。

 心霊の類っていうのは、大抵が極度の緊張状態による脳が起こしたバグ。僕の中ではそう位置付けられていた。


 上田が広めた内容もありきたりな心霊体験。

 それも、耳元で何者かの声が聞こえる、というひどく単純な内容だ。霊自体には特に触れていないし、見ていない。

 その吹奏楽部の子が体験したのも、その話を聞いて意識しすぎてしまったが故の、ただの幻聴といっても説明がつくだろう。


「俺も最初はそう思ったよ。でもさ、詳しい話聞いて、俺怖くなっちゃって・・・」


「自分たちで作った怪談話に怖がる奴がどこにいんだよ。」


 僕がそう笑い飛ばす。しかし、後藤の顔色が悪い。


「お前も聞いたらビビると思うよ。この間、上田が作った話に俺とお前でダメ出ししたろ?そんで、もっと深みを持たせるために、とりあえず裏設定作ろうって。」


 ああ、そういやいろいろ設定加えて盛り上がったよな。

 どうせなら、何かしらのストーリーがあった方が面白いということで、怪奇の背景を付け加えていった。

 まるで世にも奇妙な物語のストーリーテラーにでもなったかのような気分で、その日は、それだけで一日潰せた。


「あの話のまんまなんだよ、その吹奏楽部のやつの話・・・」


「え?」



 悪寒が走る。



「俺らがあの時に付けた、あの設定のままなんだよ・・・」



「そ、そんな訳、だって、」



 あの話、


 僕ら以外、


 誰も、


 誰も知ってるわけないだろ?



 <続く>

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