夢コンシェルジュ

shirotaka

第壱話 夢

 私はいつも通りヘッドギアを装着し目を閉じた。次の瞬間には高級ホテルのファサードに出る。毛足の長いふわふわとした絨毯を踏みしめ、フロントへ声を掛けた。

「本日はどのような夢を?」

「そうだな、楽しそうな夢ならなんでも。君に任せるよ」

「畏まりました」

 そう、ここは他人が見ている夢が見れる<夢コンシェルジュ>サービスのフロントだ。誰かが見ている夢を喜怒哀楽の四つに分類し、さらに小説のようにカテゴライズされ、まるで映画を見るような感覚で楽しめる娯楽施設だ。

 フロントからカードキーを渡され、エレベーターへ差し込み部屋へと運んでもらう。ベッドだけがある部屋。窓もテレビもシャワールームも冷蔵庫もテーブルも無い。もちろん必要がないからね。

 私はそのベッドに横たわり目を閉じた。



 * * *



 <夢コンシェルジュ>というサービスは誰でも受けられる。もちろん有料で使った分だけ引き落とされる。そして自分の夢を売ることも出来る。金額はたった500円。利用するためのヘッドギアは役場に届ければ無料で貸し出してくれる。映画も寝てる間に見ることが出来るが、使われていない。なにしろ映画と言っても過去の物しかない。

 そう、今や娯楽にかけている時間はないのだ。365日働いて寝る時間の8時間だけ自由な時間が与えられる。食事も運動も体調も全て管理してくれている。仕事の選択は出来ないが、生まれた時のDNAから得意な職業を割り出してそこに当てはめて行くので自分のポテンシャルを最大限に利用し働けるので不満は発生しない。

 もちろん、定年などで人手不足になることもない。なぜなら必要なDNAを逆算して子供を生み出すからだ。体内受精で行うため母親となる女性は約4年間、母としての仕事を行い、元の仕事に戻る。子供は3歳で国の養成機関に預けられ、通常の教育と合わせて職業訓練を行う。

 この政策で格差が無くなり、争いも戦争も無くなり、幸せな社会になった。何故なら生まれて物心が付いた頃からこの職場に居たからだ。幼少期はこのビルの最上階で教育され、私が青年の時に正式に就職をする。

 まず最初に生まれる時に掛った費用や今まで掛った費用を説明され、何年働けばそれが無くなるかというのを聞かされ、今後の生活費などに掛る費用、手元に幾ら残るのかも教えられた。そして、定年になる80歳に達すれば今まで貯めた金が自由に使えるようになり、暖かい南の島で余生が過ごせるよう手配してくれるというから、楽しみでならない。

 ただ働くだけで何も気にしなくていいなんて!



 * * *



 今日で私は80歳だ。念願だった南の島行きの切符を手に、職場の皆に拍手で送られる。

「おや、貴方も、貴方も南の島へ? あぁ、このバスは南の島行きですよね。じゃあ皆さん私と同い年だね。向こうに着いたら宜しくねぇ」

 何気ない挨拶を交わしていると、トンネルがぽっかり口を開けてバスを飲み込んだ。そして、長い長いトンネルを抜けると綺麗な青空と大きな真っ白な建物が見えて来た。あれは空港だろうかと考えを巡らせている間にバスが建物の入り口へと付け、先頭から順に降りて行く。

 さあて、皆に着いていくか。


 その施設は大きな温泉のようだった。案内の番頭が言うには、仕事で疲れた身体をリフレッシュさせてくれとの事で、私たちはロッカーのカギを受け取りそこに着て来た服を突っ込み意気揚々を様々な湯をめぐった。ここでの話題はもっぱらだ。これから楽しい所へ行くのだからつまらぬ仕事の話など一度も出なかった。

 温泉巡りを終えると、番頭が用意していたアロハに着替え、マッサージチェアのある部屋で待たされた。ごうんごうんと玉が首や腰を揉んで行く旧式のマッサージチェアだ。職場にあったのはナノマシンが電気を発生させ筋肉の凝りをほぐしてくれるものだったが、旧式も風情があって良いじゃないか……。

 段々と眠気が襲って来きた。あぁ、皆も寝てるし時間になればあの番頭が起こすだろう。私も少し寝るか……。



 * * *



 これが最後の私の、いや私達の記憶だ。あの椅子は手術台になっていて、揉みほぐされた肉は食糧に、残った脳は夢を見続けているのだ。


 永遠に覚めない夢を。

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