言葉の意味はいかにして決まるのか。「言葉を使う人によってさまざまだ」という考えもあるが、それではコミュニケーションが破綻する。井の中の蛙的な言語使用では相手に伝わらない。
この話は「よく分からないヤツから絡まれている」という印象が強いです。でも、理由があってこそ変な人という結果なんだろうと察しがつきます。ただ彼の目線で見ると、彼女は同情の余地がない奇妙な人で、「風と木は似ている」の意図もキャンディーの思い入れも意味がわからないのです。
いや、ちゃんと意味はあるのです。でも、なにも知らない人は「どういうこと?」と聞く優しさを持っていません。
彼女には友達になってくれる味方がいたはずなのに、どうしてこんな結末を辿ってしまったのだろう。この物語には、わからないことが多すぎる。
十時楓の手を、五十嵐晴は払い除けた。
彼は、嘘が嫌いだった。
彼女から嘘の匂いを嗅ぎ取った彼がそのような行動に出るのは、不機嫌だったのも相まって、ある意味必然だったのかもしれない。
何故彼は嘘をそれほど嫌悪しているのだろうか。
嘘を纏った彼女を介して、何を見出したのだろうか。
彼女の心の深くに侵入した彼は、あの行動を後悔していた。
謝罪に彼が彼女に差し出したのは、ストロベリーポップキャンディー。
それは、彼女の心に寄り添ったものだった。
言葉巧みに場面を形創っているので、その様子を容易に想像できる。
また自然描写と登場人物の繊細な心理を上手く結んでいるので、物語に没入できるだろう。
ぜひ読んでみては如何だろうか。
そのキャンディーは、甘いイチゴ味。それと同時に人工的な嘘の味がした。
主人公はクラスの人気者の女子に、「友達になって」と声をかけられる。苛ついていた主人公は、彼女に酷い言葉を返した。保健室嫌いな主人公が図書館に行くと、彼女が書いた物語と出会う。
主人公はコンビニでイチゴ味のキャンディーを買い、彼女に渡す。言い過ぎたと思ったからだ。しかし、友達にはならなかった。仮面の笑顔で、広く浅い友人関係を結ぶ彼女を、どこかで嫌悪していたからだ。
やがて二人の距離に、徐々に変化が現れる。
しかし、彼女は唐突に主人公の前から姿を消す。
学校や世間を驚愕させる彼女の本当の姿とは――?
とても読みやすい文体で、淡々としている文章なのに、胸に迫ってくるものがありました。切なくも衝撃的なラストとなっています。
是非、御一読下さい。
〈『もしあなたが人を憎むなら、あなたは、あなた自身の一部でもある彼の中の何かを憎んでいるのだ。我々自身の一部でないようなものは、我々の心をかき乱さない』〉
暑さと湿気にうんざりする土砂降りの日、五十嵐晴こと〈僕〉は同じクラスになっても一度も話したことのなかった十時楓から声を掛けられ、無性に怒りが込み上げる。いつもと変わらない日常は、自らを〈ふう〉と名乗るクラスメートの言葉によって壊れて、そしてそれは件の女子高生が二日後にいなくなるなんて周囲は知る由もなかった日の出来事だった……、というのが、この作品の導入なのですが、物語の導入を説明することは、この小説の魅力、すくなくとも私が感じ取った美点を語るうえで、あまり意味を持たないような気がします(それは決してストーリーが良くない、という意ではないので誤解なきよう。構成の素晴らしさもあって、物語自体も強く惹き込まれるものだと思います)。
何よりもまず言葉の魅力があり、例えば、映画とか小説であらすじを聞いただけで内容を知った気になって、実際にその作品を鑑賞することはないまま、ってことありませんか? あんまり褒められた話ではないですが、私にはそういう経験があります。実際に触れてはじめて分かる面白さ、それがどれだけ不幸なことかを特に実感させてくれるの、ってたぶん小説ではこういう言葉の魅力に溢れた作品を読んだ時なんじゃないかな、と思います。
これは嘘の中から真実を探すために言葉を読む物語なのかもしれない、とそんな考えが、ふと頭に浮かびました。それは現実によりうまく似せている、とかもちろんそういう意味ではありません。
本心とは誰にもさらけ出さないからこそ、本心、と呼ばれるのであり、
読む側は言葉から言葉通りではない感情を、探し、見出し、想像していく。
〈ガリッ。噛み砕いたストロベリーポップキャンディーは狂おしいほどに甘ったるい嘘の味で、所詮これはつくりものの苺なのだとふと思い知った。〉
つくりものの先にある心を読み、見てくれではない本質を探し、
そして本質は、安価なポップキャンディも、名前の呼び方も、その意味を変えていく。
これは、小説、言葉でしか読めない感情の旅なのかもしれません。
嵐の中、雨に濡れて学校へ到着した高校生ハル(五十嵐晴)に、突然話しかけてきたクラスメートの少女。
今まで接点もなくハルに注意を向けてくることもなかったはずの彼女は、彼に友だちになって欲しいという。
けれどハルはすげなく拒絶する。彼女に、「嘘つき」とまで言葉を投げつけて。
ハルの強い拒絶の底にあるもの。「風と木って、似てるよね?」という、クラスメートの少女の奇妙な言葉の意味。その二つがわかった時、物語は読者であるこちらへ、長く引き攣れた痛みの、爪痕を残していく。
巧みな構成と譬喩による暗示を駆使して書かれたこの物語は、流し読みではその真の味わいはわからない。
ただ、
『読まれて欲しい。』
『読み込まれて欲しい。』
……そう思う。