エピローグ -epilogue-


 私は六月生まれ。

 雨の音を聴いていると、記憶の中の風景が蘇ってくる。



*1

 ふと、何か本を選んで読んでみようと、本棚の前に立った。

 父の本棚を思い出した。古い匂いのする、無骨なえんじ色の日本文学全集。

 あの場所は、今、ここに繋がっているような気がして仕方ない。

 色々な縁で、誰かと心を交わして此処に辿り着いた。きっとここが出発点。

 何かを語りかけられたら、駆け出さずにいられなくなる。



*2

 私が女であることって何だろう。男になりたかったり、振り向かせたかったり。

 いつだって雨音が勝手に何かを連れてくる。強引に、優し気な振りをして。

 心の中に漂っている浮遊物。

 捕まえられない、掬いきれない、逃げられる、追いかける。

 不確かなものが、まるで確かにあったように刻まれていく。

 相容れなくても、惹かれることはある。容易く引き込まれてしまう、弱い私は。



*3

 私にとっての月。いつもすきな人が月だった。届かない想いと後姿。

 恋とは無慈悲なもの。選ばれた者だけに与えられる甘美。

 たとえ、それを知っても知らずとも、てのひらをそっと空に向ける。

 無数の心の欠片が、舞い上がっていくのが見える。

 ある時は、あの日の煙草の煙のように、ゆらゆら揺れて、私を惑わす。



*4

 何かが引き金になって、恋をしていた頃を思い出す。

 いつまでも忘れられずに、記憶の底で眠る、或る人々への想い。

 カメラのシャッターを思い詰めて切る。いつしか揺れて遊び始める。

 後からいつも言葉が迎えに行く。連動して、融合して、手をつなぐ。

 自分の中で交錯しはじめる、全ての事象。人生はいつまで続くのかわからない。



 また、いつか、どこかで お逢いしましょう。

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六月の本棚 水菜月 @mutsuki-natsumi

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