第41話 余計なプライド


 私が幾つだったら、いいのだろう。

 私が幾つだったら、読まれなくなるのだろう。


 年齢は偽りたくはないけど、公表する気もなく。

 身体は嘘をつけないけれど、心はいつまでも嘘つきです。


 恋を書こうとすると、若い時はうまく立ち行かなかった。

 感情が生々しくて、どうしても熱く捉えてしまって、見つめられなかった。


 恋など疾うにしないと思っている今は、その情景は全て郷愁の箱から取り出せば済む。

 やっと遠くなって、心の感じたままに表現できる出発点に立てたのかもしれない。フランス人なら一生現役なんだろうな。


 まあ、私が女の情念を書きたいと言ったら、思い切り、かの友人に似合わないと笑われたが。放っておいてくれ。



 私は人を蔑むことはしない。

 人に私を蔑むことを良しとしない。

 誰もが行く道を、想像しないで発言する人の相手はしない。


 たとえ、この先、私の入れ物が只朽ち果ててゆくだけだとしても、私の精神は誰のものでもない。渡さない。

 特定の人がいたとしても、心は自由。


 そんな私は、とても臆病者で。

 ずっと、年を取ることが怖かった。まだ十代の頃から。

 三十になって、まだ理想の人になっていなかったら、その時は命を絶とうと想って生きてきた。

 傲慢。本当は限りあるまで生きていたい癖に。

 だから、二十代は年上の人ばかり追いかけていた。男も女も。先に行く人が素敵であれば、生きていく理由になるから。


 本当に三十が来た時、男たちと修羅場で、折角の生きるか死ぬかを自問自答する間もなく、うっかり過ぎてしまった。なんて莫迦なんだ。

 結局は自分に甘い。曖昧な通過点を、この先何度も繰り返していくのだろう。



 年齢にこだわる人が嫌いだと思っていた。でも、私こそがこだわってきたのだ。行く道ばかりに夢中で、来た道を振り返れなかった。

 自分より年下の人の人生にあまり興味がなかった。書くことで、はじめて愛しさを抱えて見つめられた。


 相手をすきになる。相手はどう想うかなど、知ったことではない。勝手な私はそう思う。

 ただ、合うか、合わないか、逢うか、逢わないかだ。

 文章に魂を込めた人となら、たとえ中学生でも心を通わせられるだろう。折角生きてきたのだ。その精神を交信させよう。


 私は、まだ先のはずの、命が尽きる日をふと想う。

 どんな状況であろうとも、その日まで、歌っていたい、踊っていたい、書いていたい。


 そして、幾つになっても、すきな人とは心は通じ合えると信じている。生きている間、ずっと、そうありたいなと。

 私の文章が、私の心が、私の入れ物がすきだと言ってくれる、大切な人に愛をこめて。



 向田邦子氏のエッセイ『夜中の薔薇』に「手袋をさがす」という一篇がある。

 お気に入りの手袋を探すが、いつまでたっても見つからない。

 気に入らないものを買うくらいなら、寒さに耐えるほうがましだ。見つからないうちに冬が過ぎる。

 それを会社の上司に言うと、それは手袋だけの問題じゃないかもしれないねと言われて、はっとする。そんな内容だ。


 こだわりは、強い意志で自分を信じることに似ている。プライドを抱えて、真っ直ぐ前を向いて堂々と生きる。

 彼女の書く作品がすきだ。全編を通して、凛とした姿勢が清清しい。

 なのに、人生の機微も、弱い者の気持ちも垣間見える。すてきな人だったのだろうな。彼女に触れた周りの人の著作も気になって読んでしまう。愛し、愛された人。



 私は、面倒な人間だ。

 無駄な、余計な、仕方のないプライドを持っている。頑固で意固地な自分の性格。きっと治らないんだろうな。そんな病理。


 或る人のおかげで、それでも随分素直になったと思う。

 本心を出すのが怖い私は、ゆるいヴェールを身に纏って、今でも心に思う事をすぐさま表に出すわけではない。けれど、ただカッコつけて、本音を言えなかった自分ではなくなった。


 引き出してくれたから、見守って待ってくれたから、心を傷めて私を想ってくれたから。

 その人の前では、プライドよりも大切なものが見つかるんだ。



-了-






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