5話 氷の迷子
ガコン、と音がして、光が完全に遮断される。
「……あいたた」
リズはそれを見ながら、自分のひどい格好を自覚した。
何しろ、下に何があったのかは定かではないが、自分が落ちた衝撃で下にあったものが崩れ、真ん中に埋もれるような格好になってしまったのだ。
「ヒドいよなぁ。いや、あれが向こうのやり方なのか……」
思わず声に出る。
――とにかく、まずはここから脱出しないと。
「よいっ……しょっと!」
リズは体を起こし、地面を確認して降りようとする。
「あたっ!」
が、バランスを崩し、降りた瞬間に崩れてきた古い毛布に埋もれた。どさどさと音が響く。ぶわりと氷なのか埃なのかわからないものが舞い、ついでに崩れてきた何かが、リズの頭に当たって転がった。
反響した音が止み、舞った埃がおさまると、ひどくしぃんとしていた。その下で、リズがぴくりと動く。
「くっそー……」
リズは頭を抱えながら、そこからずるずると脱出した。
一瞬にして、水晶迷宮にいたときよりもボロボロになっている。
リズはようやく自分がどこにいるのかを確認できた。
そこには、沢山の古びた毛布にかび臭い樽、中身の無い木箱が安置されていた。ただ一つ古びたベッドがあることを疑問に思ったが、それは四角形の部屋の中でただ一つ、壁の代わりに鉄格子の嵌っている理由を考えれば一目瞭然だった。昔は牢屋として使われていたか、用途が無くなって物置になったか、といった具合だろう。
――部屋のすぐ下の牢屋なんて、随分悪趣味だけど。
それにしても、ひどい目にあったと思いながら、リズはため息をつき、真っ暗な部屋を見回した。目が慣れてきたとはいえ、見えにくいのは事実だ。
「タルトは無事かなぁ……」
呟きながら、カバンを探ると、中からころりと光が零れ落ちた。。
「……あ」
水晶迷宮で使っていた光石が、まばゆい光を放っていた。おそらくあの光たちとしばらく一緒にいたことで、光石の中に光が取り込まれたのだろう。
「よし」
――これでしばらくは何とかなる。
光を翳して辺りを見回すと、床に小さなランプが転がっているのに気がついた。おそらく、先ほどリズの頭に会心の一撃を与えたものだろう。壊れていないかどうかを確かめる。
少しキィキィと嫌な音がして、完全には閉まらなかったが、使えないほどではない。
光石をランプの中に入れ込むと、中の鏡に反射して視界が広がった。それを頼りに辺りを調べたが、樽の中身は凍りつき、元々が何だったのかわからない。木箱には中身の入っているものもあったが、ほとんどは役に立ちそうもないガラクタばかりだ。
リズは諦めて、鉄格子の嵌った入り口へと歩み寄った。手を伸ばし、少しだけ押す。反応はない。
今度はひいてみると、あっさりと開いた。
牢屋としての用途が果たされなくなった後は、ずっと開けっ放しだったようだ。
廊下に出ると、牢屋は他にもいくつかあったが、ほとんどは囚人などおらず、代わりに荷物が詰まっていたり、何もなかったりした。この元・牢屋が城のどの位置にあるのかまったくわからなかったが、元々道などわからなくなっていたのだからどっちにしろ同じだ。
廊下には一つだけ、数段の階段と、その先にドアがあった。歩み寄り、ドアに手をかけると、少しだけ音がした。凍っていたようだが、少し力を入れてやることで無事にドアは開いた。
開けた先には更に数段の階段が続いていて、登り切っても、そこはまだ城の中といった雰囲気ではなく、石作りの小さな廊下があった。
廊下の一番奥に、またドアがある。
そうして廊下の左右の奥にも、同じようにドアがあった。
「これはまた……どうしようか」
リズは頭を掻きながら、まずは目の前のドアを見つめた。
「勘が鈍ったかな」
これだ、という感覚がしない。何かが物足りない。
「これは、空腹だからかな」
冗談めいて言ったが、事実もまた口にしてしまったらしい。
はぁ、というため息が、廊下に寂しく響いた。そして、しぃん、と沈黙が続く。リズは、そういうことにしておこう、と思いながら、気を取り直してドアを照らし出した。
「……ふむ」
――これは、城の紋章か?
リズは一つ一つドアを照らして、描かれている紋章を確認していった。凍っている場所を見つけると、近くで掴めるサイズの石を探しあてた。
ランプの持ち手を歯で噛むと、なんともいえない錆びた味がした。
軽く顔をしかめた後に懐からナイフを取り出すと、氷に突き刺した後、アイスピック代わりにして軽く石で叩いた。氷をなんとか剥がすと、三つのドアの内の二つに、それぞれ違う絵が浮かび上がった。
左のドアは、角ばった雪の結晶。
右のドアは、青いダイヤ型。
奥のドアは、凍り付いていたままだった。
迷いなく雪の結晶の描かれたドアを開こうとして、ふと気づく。
――円が無い?
リズはまたもや眉間に皺を寄せる。そうして振り返り、足早にもう一つの扉の前へと歩み寄った。
――確か、街の二つの門にあったものも、円の中に雪の結晶がついたものだったはずだけど……。
リズは思い出していた。
後ろに下がってランプを翳して、もう一度三つのドアを見つめる。
ドアとその絵を見比べて、目を細める。
角ばった雪の結晶と、青いダイヤ型と、凍り付いたドア。
「うん?」
凍り付いたドアをもう一度しっかりと見つめる。
「これは……」
思わず呟き、奥のドアを触る。
凍り付いているとばかり思っていたドアは、大きな花の形に細工を施されていた。青く透き通った素材を使っていたせいか、氷と区別がつかなくなっているのだ。
リズはしばらくそれを見ていたが、突然、しっかりと前を見据えた。
「これだ」
リズは呟くと、勢いよく扉を開けた。
扉が軋む音が響き、進むべき道が開かれた。
そこには、同じような石造りの道が続いている。進む先は見えない。これが正解の道なのかもわからなかったが、リズは息を一つ吐いて、ランプで辺りを照らしながら慎重に進みだした。
廊下は、壁も床も、天井さえ石で作られていた。
――いったい、どこに通じているんだ?
足音だけがゆっくりと反響している。リズは冷たいものを感じながら、先を急いだ。
長い廊下だ。
振り返っても、きっと自分が入ってきた扉すら見えないんだろう。
そういえば、とリズは思う。タルトが居た地下遺跡でも、こんなような石造りの長い道があったのだ。
――あの時もひっくり返っていた気がする……。
脆くなっていた遺跡の天井が、ちょうどその上にリズが立った時に崩れ去ったのだった。何で自分の時に限って、とリズは思ったが、思えばそれは、ひどく運命的な出会いだったのかもしれない。
リズはそこまで考えて、ハッとした。いつの間にか、本当にいつの間にか、足音が増えているのだ。
もう一組の旅人だろうか。しかしそれにしては妙だ。反響している音とも違う。
足音は背後から聞こえている。それは皮肉にも、だんだんと増えているようだ。
コツコツとリズが足音を響かせると、それに被るように、だんだんと自分に近づき、しかも人数を増している。もう一組の旅人だって二人のはずだ。タルトは問題外として、ルネを足しても三人にしかならない。
リズは少しずつ、歩くスピードをあげた。
あわせるように、彼らも歩くスピードをあげてくる。いや、それ以上にリズに近づいてきた。
リズは走り出す。
もう何人になったのかすらわからない追跡者たちは、それと同時に走り出した。反響ではない何人分もの足音が走ってきている。リズが走れば走るほど、近づいてくるようだ。
ここで振り向いて、一体何者なのかを確認することもできる。
できればそうしたかった。
追跡者の正体を一刻でも早く知りたかった。
何故彼らは声をあげることすらしないのか。
リズは立ち止まってみたが、彼らの足音は止まらなかった。
彼らだけの足音を響かせて、リズに迫ってきている。
そして――振り向いてしまった。
ランプに照らされた先に目を凝らしてみると、思わずぎょっとした。
彼らには実体がなかったのだ。
ただただ、壁に何人もの人影が映りこんでいる。それはリズの影が分裂しているだけとも言い切れないほど一人一人がはっきりしていて、リズを追いかけてきていた。もし彼らがリズの影ならば、止まっていなければいけないはずだ。
――怖い。
一瞬でもそう思ってしまうと、一刻も早くこの廊下から逃げ出したかった。リズが走るたびに、後ろの影たちはどんどんと追いかけてくる。これはリズの影なのか、それとも他の何かなのか、まったくわからなかった。
わかるのはただ一つ、あれはいいものではないということだけだ。
「つぅっ…!」
リズの足が何かにつまずき、床の石畳に盛大に叩き付けられる。
途端にガラガラと音を立て、ランプが転がった。
「う……」
ゆらりと立ち上がり、壁に手をつく。ふと、背後からの足音が小さくなった気がした。リズは今しかないと思いながら、ランプへと近づいた。
その瞬間。
「うわ!」
背後から、無数の何かに押さえつけられた。リズはまたもや石畳に叩き付けられる。それは、人の手の感覚よりも、ただ単に何かに押さえつけられていると言った方が正しい気がする。
それはリズの背中を固定し、足を掴み、今や腕の自由さえ奪おうとしている。
仲間にでもするつもりなのか。
どちらにしろ、ここで仲間になるつもりは無い。リズは抜け出そうともがきながら、必死でどうすればいいのかを考えた。そもそも、何故またいきなり増えたのか。ランプに近づいたら――。
「そうか、影!」
リズは手を伸ばす。
上から押さえつけられてはいるものの、腕はまだ何とか動く。
「っ……」
顔をしかめながら、精一杯手を伸ばす。
元々壊れていたランプは扉が開きっ放しになってしまって、光石は石畳の上で煌々と煌いている。
――もう少しだ……もう少し!
光石に近づいている所為か、影たちが増えていく気配がする。重みと、押さえつけられる感覚が増えていく。
ひどく気分の悪い感覚だった。
その時、リズの手が、外に飛び出た光石を掴んだ。強く握り締めると、光が薄くなる。そうしてその手を振り、光石を道の向こう側へと思い切り投げた。光が、弧を描いて飛んでいく。
――これでどうだ…!?
途端に、影の数が少なくなった。
体が軽くなり、その瞬間に影たちの間から抜け出し、光を追って走った。影たちは少し後から追いかけてきた上に、リズが光に近づくにつれて数を増やした。しかしリズはすぐに光石に追いつき、それを拾いあげた。
リズの肩に無数の影の手が向けられる。
その瞬間、闇が降りた。手が消えていく。あれだけしていた足音も、同じようにピタリと止んだ。リズはカバンの中に突っ込んだ手を出した。光が消えてしまえばこっちのものだった。
リズは呼吸を荒げながら、その場にぺたりと座り込み、安心したように息を吐く。そして、宙を見ながら呟いた。
「……ひどい歓迎だ」
リズは荒い呼吸を整え、眼が慣れるまで、しばらくぼんやりしていた。
それから、リズは手探りで壁を探した。見えにくいことは確かだが、それでも何とかなりそうだ。リズは壁に手をつきながら立ち上がり、カバンから光石を出そうと迷ったが、止めた。
光が無いのは心細かったが、あえて影たちを呼び出すこともない。
何より、できればもう会いたくない。
リズは壁に片手をつきながら、ゆっくりと慎重に歩を進める。
確実に前へ。どんなに微量であっても進み続ければいつかたどり着けるはず、という思考のもとに、リズは無言で進み続けた。
――それにしても。
頭の中で、ふと考える。
三つの道に、影。
――これじゃまるで……。
やがてリズは、暗闇の先端にたどり着いた。ドアを見つけたのだ。。
視線を落とし、ドアノブに手をかける。
ゆっくりとノブを回すと、軋んだ音がして道が開いた。
手だけでカバンを確認し、中から光石を引っ張り出した。その瞬間にリズは素早く中へと入り、扉を閉める。
またあれに追いかけられるのはごめんだった。
中に入り込んでから、改めて周囲を見回す。
そこは、大きな踊り場のようだった。部屋の中には何処へ続いているともしれない階段があるだけで、リズが回り込んでその階段の先を見ると、その先には通路が見えた。リズはしばらくそれを見ていたが、やがて決心したように階段を登り始めた。
――もう何が来ても驚かないけど、でも……。
階段を登る音だけが微かに響く。
――あの光たちの問答が偶然じゃないなら、次にしなくちゃいけないのは……。
階段を進む度に、周囲にこびりついた氷は増えていた。
最後の一段を登る前に、前を見据える。目の前に続く通路には、氷とも水晶とも区別のつかない、大小さまざまな氷柱がいくつも壁から飛び出していた。
マフラーを巻き直すと、その先へと踏み出した。
小さな結晶を踏む音だけが響いた。光石の光は氷柱に反射し、その光が次のそれに反射する。道を示すように光の道は続いていた。
奥に進むにつれて、氷柱がだんだんと大きくなっていっているようだ。それは実際間違いではなくて、次第に進路を阻み始めた。
何とかそれをよけながら歩いたが、通るのにいちいち苦労した。
何度かそれを繰り返したあと、道はやがて広い空間に続いていた。
そこは、大きな氷に囲まれた空間だった。
氷の道のように、ドーム型に太い氷が張り付いている。元々は広い通路だったのだろうが、氷の所為で、今は人一人が通れるほどの広さしかない。
水晶迷宮を通ってきた時の事を思い出す。
しかし水晶迷宮と違うのは、こっちの空間は、どれもこれも冷たくて、大きな氷柱があちらこちらに連なって生えている事だった。
リズは一歩踏み出し、ふと氷を覗き込んだ。
「うわ!?」
リズはぎょっとした。
氷の中には、顔の無い人間が――もとい、顔の無い人形がうな垂れたように一人ずつ均等に並んでいたのだった。しかもそれは、リズと同じくらいの身長がある。適当に作られたかのようなつくりだったが、それはリズを驚かせるのに充分だった。
「なんだ……」
リズはほっとして、それが人間でないことに安堵した。とはいえ、随分趣味が悪い。単に趣味が合わないだけなのか。
――趣味が悪いんだろうな。
心の片隅でだけ思う。
どちらにしろ、やるべきことはもう既に教えてもらっていた。
たぶんそれは、困った時の道標だったのか。
――三つの扉に、影ときて、あとは本物を探す。
リズは一歩踏み出すと、辺りを見回しながら進んだ。
狭い道の両側に、氷がびっしりと張り付いている。ここまでくると、氷が壁に張り付いているというより、道の両側に置かれている、といった方が正しいような気がしてきた。
その上、その中には顔の無い人形が並んでいるときた。
時折、赤い髪に赤い眼を持った自分の姿が氷に映りこんだ。
鏡みたいだった。
いくつもの断面に、リズの姿が映りこむ。
人形の顔に被って映らないだけマシだとリズは思った。
――それはさすがにやめてほしい。
何日か鏡を見ることができなくなったら、誰に文句を言えばいいんだろう……。
それにしても、この中から”本物”を探し出すのは、どうしたらいいというのか。
そもそも何故、こんなに人形が並んでいるんだろう?
――まさか、”本物”の中には、人形ではなく人間が……?
ひくりと口元をヒクつかせた。
それから頭を横に振り、嫌な想像をかき消した。
「いやっ……それは無い……!」
リズは自分を奮い立たせるように口に出して言った後、気を取り直して進み続けようとした。
――そもそも、どうやって探せっていうんだろう。
辺りを見回しながら、一つの氷鏡に眼をやった時、リズは言葉を失った。
そこに映りこんだのは、あまりにも突然すぎて、リズの予想とは大幅にかけ離れていた。
そこに映っていたのは、黒髪と黒眼を持った、リズの姿だった。
「こ……これは……」
リズは、自分の頭を抱える。
髪を掴んだその手に絡みつくのは、確かに赤い髪だ。
だが、氷の鏡に映っているのは、間違えようもなく、黒い髪に黒い眼の、自分と同じ顔をした少女だった。その後ろに、赤い色だけがすっぱりと自分と分離してしまったみたいだった。
「なんで……」
リズは片手を伸ばし、鏡の前で止める。
しばらく見つめた後、鏡に触れた。
そこに居るのは紛れも無い自分自身の姿だ。
すると、きらりと氷の鏡が照らされた。
リズはその後見えた光景に、今度は別の意味で言葉を失った。目を見開き、今まで自分の姿で隠されていた氷の奥を、いや、氷の奥にあったものを、しっかりと見つめた。
真実の氷鏡の奥には、黒服の青年がひっそりと眠っていたのだ。
リズはもう一度鏡に近づいたが、今度は自分の姿は映らなかった。
見えるのは、黒服の青年だけだ。
――眠ってるのか?
まじまじと見つめると、なんだか胸が熱くなった気がした。
――なに?
胸ではなく、胸から下げたペンダントが熱いのだ。
花の形をした、フリューリングの代表的な細工。
先ほどと同じように、氷に触れると、不思議な感覚がする。赤水晶は、まるで呼応するように啼いている。
氷の娘に会いに行った青年が、お守り代わりにつけていた伝説付き。リズは、フリューリングの町長が言っていたことを思い出していた。
「まさか……ホントにそうとは思わなかったけど」
リズは苦笑した。
光るペンダントを外し、鎖を手に絡ませ、氷に押し付ける。
光が大きくなり、ぴしり、と氷が割れる音がした。
その瞬間、強烈な地響きにバランスを崩した。
「な!」
思わず、尻餅をつく。
――地震!?
辺りを見回したが、地震とはまた違う揺れだ。
まるで、風が――そう、風が、狭い中を抜け道を探すように暴れまわっているようだ。
風には、ひどく陰鬱な叫びが混じっていた。
悲しいようでもあり、怒っているようでもある。
そんな嘆きが、脳内に直接響いてくるようだ。
リズはしばらくそれを聞いていた後、よろよろと立ち上がり、ペンダントを氷に押し付けた。
またヒビが入る。
次第に大きく、裂け目は広くなっていく。
――早く!
ぎゅっと目をつぶると、代わりに彼の眼がゆっくりと開いた。
その直後、まるで地面に落としたかのように、氷が一斉に砕け散った。リズが思わず腕で防ぐ。ガラスが割れるかのような音が、リズの背後からも順に響く。リズは座り込み、きらきらと舞い落ちる氷片を背中で受けた。氷の中に入っていた人形たちが、地面にくたりと落ち、落ちた瞬間に砕け散った。まるでそれ自体が幻だったかのように。
しばらくの後に、急に静かになった。
パキンパキンと氷を踏む音が響く。リズが見上げる。そこには、黒い服の青年が、リズを見下ろしていた。街の住人のような厚手のマントも帽子もしていなかったが、似た素材の形の違うマントだけは羽織っていた。
「……き、きみは」
彼は、まるで確かめるように声を出す。
不思議そうな声を出した後、周囲をゆっくりと見回した。
「ここは、なんだ? 僕は、どうしていたんだ?」
彼はそう呟いた。
リズはしばらく彼を見上げていたが、やがて口を開いた。
「……眠っていたんじゃないかな」
「どれほど……」
「さぁ、そこのところは、私にもちょっとね」
言って、リズは彼を見た。
「ただ、ひどく長い間なのは確かだよ」
リズが笑ってそう呟くと、彼は宙を見た。氷が散る音はしなくなったが、風の叫び声は、相変わらず何処かから響いている。
「彼女だ」
「かのじょ?」
「ああ。……彼女の泣き声なんて……二度目だ」
彼は答えた後に、ぼんやりとそう呟いた。
リズはそれを見上げながら、しばらく彼の横顔を見ていた。
そして、笑った。
「じゃあ行こう!」
リズは立ち上がりながら、彼の手をとる。その手は、ひどく冷たかった。氷から出てきた直後とはいえ、生きているとは思えないほどに。まるで――。
「貴方は彼女に会いに来たんだろ?」
「ああ……」
「じゃ、今度こそ階段を登らなくちゃ」
リズは手を引き、その手の中に赤い花のペンダントを乗せた。そして、彼が眠っていた先の奥にあった、上へ行くための階段を指し示す。
「なんでそれを?」
「なんとなくね。カンだよ、カン」
リズはウインクしながら、自分のこめかみを指でトンと叩いた。そうして、リズは彼の冷たい手をひいて歩き出した。
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