2話 二組の旅人(2)

 二人は逃げられないように縄で縛られ、地面に座らせられた。リズはといえばまったく抵抗しなかった。

 本当に考えてるのかしら、とタルトの方が不安になるくらいだ。

 二人の周囲では、取り囲んだ住人たちが、わいわいと何事か言い始めている。


「これからどうするんだ?」

「とりあえずー、被害者を連れてこんにゃあ。犯人捕まった、ってなぁー」

「誰が居たんだっけか?」

「まずは詰め所に放り込んどくのが先じゃないか?」


 どうやら、この街ではそうそう事件が起こるわけではないらしい。住人たちはたまに二人を見ながら、これからの処遇について話し合っていた。

 何に巻き込まれたのかと、タルトはそっとリズに寄り添った。


「ちょっと――ごめんなさい!」


 その時、取り囲む住人たちの後ろの方で、誰かが無理やり通り抜けようとしている気配がした。話し合っていた住人たちが何事かとばかりに退いていく。


「ちょっとすいません――どいて!」


 その誰かが、最後の一人である目の前の男の背中を押したらしい。男はよろめき、振り向いてから叫んだ。


「何しやが……、おお、シキ!」

「シキさん!?」


 その人物を見た途端、タルトもつられて名前を呼んだ。

 住人の誰かが、シキの方を見ながら言う。


「おお、シキ。捕まったぞ、お前んとこの食い逃げ犯」

「そうか、まさか予想通りとは……」


 リズが神妙に首を振る。

 ”誰か”が起きていたら殴られるだけじゃすまないんじゃないかしら、と思ったが、。


 見上げたタルトに、リズはそう言った。

 シキはしばらく真顔でリズたちを見下ろしていた。


「あと確か、昨日のドロボーも――」

「……ちがう」

「えっ?」

「何聞いてたのよ! 確かに旅人だけど、旅人違いじゃないの!」


 シキの怒鳴り声に、二人を囲んでいた住人たちは一斉に圧倒され、のけぞった。


「ほら早く、縄ほどいて!」

「お、おう?」

「はやく!!」


 男たちは小さな悲鳴をあげ、数人がかりで二人にかかっていた縄をほどいた。

 ようやく手足が自由になると、小さくため息が漏れた。タルトも慣らすように両手を上下に振る。

 シキが申し訳無さそうな顔をしてしゃがみこんだ。


「ごめんなさいね二人とも、お騒がせして」

「ああ、大丈夫です」

「ほらアンタたち、謝りなさい!」


 立ち上がったシキにふっかけられると、男たちは決まり悪そうに、リズたちに向けて謝罪の言葉を口にした。他の住人たちも、ばつが悪そうに同じように言葉を口にする。

 シキはため息をついた後、口を開いた。


「……まぁいいわ。二人とも、許してくれる?」

「ええ。悪気があったわけじゃないし」

「そう、良かった!」


 シキは微笑んで、右手を伸ばした。

 リズはタルトを拾い上げてから、その手に掴まり立ち上がる。


「でも、どうしてこんなことになっちゃったわけ?」

「そりゃあ、その……旅人っていうから……」

「だからってねぇ、ちゃんと確かめなさいよ」

「それはぁ……そのぉ……」

「アンタたち、男でしょう! はっきりしなさいよ!」

「で、でも確かに! ”赤毛の旅人”って!」


 誰かが言い訳を口にすると、他の住人たちも口々に何事か言い始めた。


「そ、そうだ。僕も”赤毛の旅人”って聞いたぞ?」

「あっ……でも俺、シキんとこから逃げた奴見たけど、確かにこんな感じじゃなかったような……」

「そういえば、あっちは本当に”二人”って感じだったわねぇ」

「だが、確かに”赤毛の旅人が食い逃げした”って……ルネが、なぁ?」

「ルネが?」


 シキが、驚いたように住人の一人を見つめた。


「ああ。俺もそう聞いた」

「そういえば、私もルネ君に……」

「そういや、昨日のドロボーも、赤毛の旅人の仕業だって言ってたな」

「あ、それって昨日の夜のでしょ?」


 住人たちがまたざわめきはじめると、シキは動揺したように顔をゆがめた。


「ルネ。……ルネは何処に行ったの?」


 シキがつぶやいた瞬間、青い顔で後ろに数歩下がった者が居た。

 住人の視線が一斉にそちらを向く。

 小さな悲鳴をあがり、代わりに男の一人が声をあげた。


「お前! 城側の門番じゃないか。どうしてココに?」

「い、いいいいや、小生は、なな、なにも……」

「どうして門番がココに居るんだ? 城の監視はどうしたんだ?」


 住人たちが、今度は門番に詰め寄る。


「そそ、それは――その――」

「まさか」


 そう呟いたシキが、門番を突き飛ばして走り出した。


「あ、シキさん!」

「シキ!」

「タルト、捕まってて」


 リズが後を追うと、何人かの住人も一緒に走り出した。後ろの方では、逃げようとした門番が一歩下がっていたが、住人の一人に首根っこを掴まれていた。

 やがてシキが立ち尽くしている場所にたどり着くと、同じように立ち止まったリズは、シキが見上げているそれを同じように見上げ、感嘆の声を漏らした。

 メインストリートの一番奥。

 城と街を隔てる巨大な木の門。

 門は、何人も受け入れない様子で、悠然と座していた。

 そのつくりは街の入り口にあったものとほぼ同じで、円の中に角ばった雪の結晶が描かれているのも同じだった。一つだけ違うのがその巨大な錠前だ。

 錠前は鎖ごと断ち切られていた。

 巨大な門の横には、カウンターのついた窓があったが、そこに入るための扉は空しく開いていて、錠前と同じように中にあるハンドルが壊されている。


「ちょっと見せてみろ」


 大工のような大男が前に歩み寄り、中に入ってまじまじとそれを見つめた。ふん、だの、ほぉ、だの言いながら壊された箇所を手で触っていたが、しばらくするとカウンターから出てきて、彼はこう言った。


「こりゃあ、子供の仕業じゃないな。おそらく、そこそこの年の大人が、それなりの武器で力ずくで壊したようなもんだ」

「どういうこと?」とシキ。


 タルトは続きを聞きたかったが、リズはそれに反して


「たぶん、あのでかい錠前を壊した後、扉を開けて――」と言いながら、窓の中を指差す。「城側の窓から、無理やりハンドルを壊したんだと思う」


 リズの言葉に頷くと、男は後ろの方で怯えている門番に歩み寄った


「で、どういうことなんだ、え? 城の門番!」


 借りてきた猫のように縮み上がった門番は、また悲鳴をあげた。

 それを見ると、リズは前に進み出て、門番を見上げながら言った。


「落ち着いてよ。別に非難するつもりは無いんだから」

「ううぅ」


 門番は呻きながら、詳しい話を話し始めた。

 つまりは、こういうことだった。

 あの追っかけっこが起きた頃、門番のところにルネが走ってきたという。赤毛の旅人が騒ぎを起こしていて、人手がほしいらしいから、門番にも行ってほしいと。自分は子供だし、役にたつとは思えない。ここは自分が見ているから、行ってきてほしい――そう言われたのだと。

 それで、門番はそれを信じて旅人を追いかけるのに加わり、ルネに後は任せたのだという。


「お前、それで納得したのか!?」

「だだだ、だって! 現にあなた方は走り回ってたし、そのぅ……」


 言い訳を続ける門番に誰もが溜息をつきはじめた頃、急にシキが口を開いた。


「いいわ」

「へっ!?」

「過ぎた事を言っても仕方ないもの」


 門番はほっとしたように、盛大に胸をなでおろした。

 リズが口を開き、言葉を続ける。


「ルネ君と一緒に、私たちに騒ぎをかぶせた二人組とやらは、この向こうに行ったのかな」


 まじまじと、目の前に聳え立つ扉を見る。

「おそらく、ルネ君と旅人らしき二人は、なんらかの目的で一緒にあの城へと向かった。もちろん、城に向かったのが旅人じゃない可能性もありますが、あの錠前やハンドルをルネ君みたいな子供が壊せるとは思えないし、誰かが一緒に居るのは確かだと思う。……そういう事かな?」

「……そうね、私も賛成だわ。今のところ、そう考えるしかないもの」

「今日の時点でこの街に居るのは、私たちとその旅人だけですか?」

「……そうね、おそらくは。入り口の門番さんに聞けば、何かわかるかも。ごめんなさいね、巻き込んで」

「気にしないで。いつもの事だし!」


 タルトが笑いながら言うと、シキはまた、困ったような申し訳無さそうな顔をした。


「ここまで関わっちゃったし、ここまで巻き込まれたら、最後までやるしかないですし」


 そんな事を言うリズを、タルトは舌から見つめる。


「……なに?」

「リズって、他に何か憑いてるんじゃない? よく巻き込まれるし」

「それはキミにも言いたいんだけど」


 リズは遠い目をしながら、あきらめたように呟いた。


「じゃあ俺は、このハンドルを何とかしてみるわ。まぁ、なんとか直るだろう」

「じゃあ、俺たちは俺たちで手分けして、街中で旅人探してみっからよ」

「ありがとうございます。とりあえず――」


 シキは懐から紙とペンを出すと、そこにさらさらと何事か書き込んだ後、それを彼に渡した。


「これが彼らの特徴です」

「わかった、必ず見つけ出してふんじばっといてやるから!」

「ええ。お願いします」

「いいって事よ。あと嬢ちゃん――すまなんだなぁ」

「いえ」


 リズがにこりと笑って、気にしてないというように手を振った。彼はにやりと笑い、後ろの住人たちの方を振り向いた。


「よーし、お前ら! 猫の子一匹……いや蟻一匹見逃すんじゃねーぞ!」


 おおっ、という掛け声が響いた後、住人たちは散り散りに散っていった。残された三人は、お互いに顔を見合す。


「今度から城の門番は、二人必要ね――」


 シキの呟きに、リズは思わず笑った。シキも笑いながら肩を竦めたが、すぐにため息をついた。


「それにしても、とんだ旅人も居たものだわ」

「一体何やらかしたんですか?」

「そうね、まずはうちでの食い逃げと――」

「やっぱり食い逃げなんだ……」


 タルトとリズは、赤い”誰か”が食い逃げしている光景をかろうじて掻き消す。


「食い逃げは騒ぎを起こすためだと思ってるけどね。それと、昨日の夜に、いくつかの家と店にドロボーが入ったみたいなの。手口も似通ってるし、こんな寒い街じゃ、皆協力して何とかするしかないの。だから、事件って言っても隣同士の諍いがほとんどで、こんなに一度に窃盗に入られたのは初めてなのよ」

「じゃあ、重要参考人ってことですか」

「そういうこと。他に誰か入り込んでるなら別だけど……」


 シキはそこまで言って、突然押し黙った。


「どうかしました?」

「……ルネ、見てたはずなのよ」


 シキは神妙な面持ちで言う。


「旅人よ。店で、あの子も見てたの。珍しいと思ったのよ。昨日あんな事言ったのに、旅人が居る店内に降りてくるなんて。それで、いの一番に追いかけて行ったの。なのに、どうして――」


 リズは黙って、シキを見上げた。シキは、わけがわからないといった感じの表情で、昨日見た彼女とはまったく違っていた。

 代わりに、リズは話をまとめるように口を開く。


「少なくともルネ君は、この先に用事があったのかもね。でも、子供の力で壊せるようなものじゃない、誰かがついていった。ただ、ここは閉鎖されているようだから、門番さんの目を逸らす必要があった。もちろん、この辺りを通る住人の目も」

「それが食い逃げ騒ぎかしら?」

「多分そう考えていいと思う。多分、ルネ君を連れていったのは騒ぎを起こした旅人二人。そして私たちに騒ぎをひっかぶせて、その間に……」

「門を通ったのね!」


 タルトは手を叩く。


「でも、誰が?」とシキが困惑する。

「それについては一つ、思い当たる事があります。昨日の話なんですけど――」

「はい! はい! あたしが説明する!」


 そこでようやく、話のお株をとられたタルトが口を開いた。

 昨日住宅街でルネを見かけた事。

 一言だけ、「協力する」と聞こえた事。

 ルネが見ていたのが、路地裏の何も無いところだった事。

 それらをシキに話すと、シキは考えるように呻いた。


「ううん、それだけじゃなんともいえないけども……」

「でも、”協力する”という言葉から考えると、ルネ君はむしろ、何らかの計画を持ちかけられたのかもしれない。」

「……ありえるかもしれないわ」


 シキが頷いた。


「それに、リズ目立つからね」


 住人たちはみな、赤い髪を目印にしていた。


「そんなに目立つ?」

「目立つ」


 タルトは即答した。

 シキも苦笑したから、多分目立つと思ったんだろう。

 そんなに目立つかなぁ、とリズはぶつぶつ言っていたが、やがて話題を変えるように口を開いた。


「と、とにかく、今一つ謎なのは、城に何があるかだね。一応、お宝の噂があるみたいだけど」

「それと、あるとするなら……あそこの氷の城には、この街がずっと冬になった原因があるって言われているのよ」

「冬の物語ね!」

「そう。あの話は……事実かどうかはわからないけど、とにかくあの城で何かが起こった事は確かだから」


 リズは何やら考え込んでいるみたいだった。


「城に行くには、どうすればいいんですか?」

「え……っと、今は封鎖されてるのよ。城に行くには、水晶迷宮っていう所を通過しないといけないし」

「水晶迷宮……」


 確か宿で貰ったマップにあったはずだ、とタルトは思い出した。

 それじゃあ、とつづけようとしたところで、男の叫び声があがった。


「おーい! シキー! 旅人さーん!!」

「ん?」


 声の方を見ると、二人の住人たちがこちらへ走ってきていた。

 シキが声をかける。


「どうしたの?」


 二人は三人の前まで走り寄り、疲れたように息をあげながら、話し出した。


「はぁっ、はぁっ……入り口の門番に聞いてきたんだ! やっぱり、昨日、リズさんたちの後に、もう一組旅人が来たって! それが二人組み!」

「それでっ、聞いてきたっ、その特徴が、シキさんとこの犯人とそっくりなんだ!」

「なんですって?」


 二人は呼吸を整えると、また口を開いた。


「そして、今のところ、リズさんともう一組以外、街に入ったヒトは、なし!」

「やっぱり二人組みの旅人は、ルネと一緒に城に行ったんじゃないかな!?」


 それを聞くと、三人は顔を見合わせて、頷いた。


「それじゃ、俺たちはもっかい街中探してみる、から……」

「ええ、おねがいします」


 シキが二人を見送ると、急にリズたちの方を振り返った。


「……どっちにしろ、一度町長さんのところに行きましょう」

「町長?」

「そう。この街のね。ついてきてくれる?」


 そう言うと、シキは先に歩き出した。

 リズとタルトはお互いを見合わせてから、その後をついていった。シキの後に続いていくと、住宅街を通り抜け、更に奥に行ったところに、ひときわ大きなレンガの家――というよりも屋敷が建っていた。

 見上げると、三角錐の屋根のついた塔が二つあり、そこでは旗がたなびいていた。そして入り口には、鉄の棒でつくられた門がついていて、他の家とは一線を画している。シキはその門を勝手に開けると、玄関までの歩道を歩いて行った。リズは慌ててそれを追い、横に並んだ。

 呼び鈴の隣には、「フリューリング水晶歴史館」と書かれたプレートが、さびしくかかっている。


「いいんですか、勝手に入っちゃって……」

「いいのよ、緊急事態だもの」


 そう言うと、シキは玄関に行くと、これまた勝手に扉を開いた。

 ついでに口も開く。


「町長! 失礼します、緊急事態が……」

「なーーーいっ!!」


 家に入った途端、圧倒されるような絶叫が聞こえてきた。


「な、なに? 今の声…」


 思わず気圧されながらタルトが言う。


「二階からだわ」


 シキが慌てて声の聞こえた方へと走り出すと、リズがその後を追って二階へ向かった。

 それはある部屋の中から聞こえていた。

 そしてその部屋を一目見た途端、三人は目を丸くした。

 そこは書類や洗濯物が散乱し、ひどいことになっていた。しかも、それを更に走り回っている頭の禿げた中年男が蹴飛ばし散らかしている。混乱状態だ。


「町長!?」


 シキの声が聞こえたのか、中年男は不意に止まった。

 おそらく普段は格好をつけているのであろう、ちょび髭の生えたスーツ姿の彼は、今やネクタイの結びも適当で、ハンカチもズボンから飛び出し、そのズボンはチャックが開いていたし、おまけにワイシャツは見事にボタンを掛け違っている。


「おおっ、キミは確か……ええっと、誰だったかね? 待ちなさい、今住人名簿を探してみるから」

「そんなことしてる場合じゃないんですよ! ――とりあえず落ち着いて、まずチャックは閉めて下さい!」

「おお! これはすまなんだ! で、一体何事かね! こちらはこちらで大変なのだよ、自警団を呼んでくれ、自警団を!」


 町長はチャックを閉めながら喚きたてた。せめてワイシャツも直した方がいいと町長以外の全員が思ったが、そんな事を言う間もなく、町長はまた叫びだした。


「泥棒だよ、泥棒! この寒さだけが取りえの小さな街で! 泥棒に入られたんだよ! そうだよ、泥棒だ! 勘違いなんかじゃないぞ、れっきとした泥棒だ! これは、フリューリングはじまって以来の大事件、いや、フリューリングが冬に呪われて以来の大・大・大事件だ!」


 町長はそう叫ぶと、いくらか落ち着いたのか、ネクタイを直す仕草をした。ネクタイを直しても、ワイシャツからして変なのだからまったく意味は無い動作だが。

 町長があまりにまくしたてるせいか、三人の方はすっかり落ち着いていた。

 逆に冷静になってしまったらしい。


「……一体何を盗まれたんですか?」

「一体何を、だと! 金庫だよ金庫、金庫の中身に決まっているじゃないか! 金庫の中のものが全てだ! そうだとも、金庫の中の私の純金の! 純金のネクタイピンに、純金の指輪! 純金の首飾り!」

「……」


 三人全員が黙っていた。

 そして三人全員が、――ろくでもない、と思った。


「それだけじゃない、残りの2000ルピーも盗まれたんだ!」

「それは一大事で……」


 シキの言葉を聞きながら、リズはそれだけあったら何が買えるだろうかと考えてしまった。


「とにかく落ち着いてください、町長。こっちも大変なんです。旅人が氷の城への門を開いて、中に入ってしまった可能性があって……」

「はあ? 氷の城? 氷の城だと? そうだ、思い出したぞ、地図も盗まれたんだ!」

「はぁ。地図、って……まさか、水晶迷宮の地図ですか?」

「すいしょうめいきゅう?」


 リズとタルトが同時に声をあげた。


「元は鉱山の一部だったんだけれど、掘り進めるうちに迷路になってしまったものよ。街の地図があるなら知ってると思うけど――この街が水晶採掘から徐々に手を引かなければならない状況になって、危ないのもあって閉鎖されたらしいの。複雑になってるから、地図がないと大抵の人は城には辿りつけないわ」


 リズは答えなかった。城に行くと言ったことを早くも後悔したような顔になったが、気を取り直してシキの言葉に耳を傾ける。


「ひょっとして、水晶迷宮の地図が目的だったとすると――」


 シキがそこまで言ってから、ごほんと咳払いした。

 ”町長の宝物はついでだ”――という意志が見え隠れしていたが、リズとタルトはあえて無視した。町長は気づいていなかったようで、まぁとにかく、と言葉を続けた。


「とにかく自警団だ、それともキミたちが自警団なのかね? それとも犯人か? いやどちらでもいい、地図はどうでもいいから、私の宝物はぜひともに取り返してもらいたい、これは町長命令である!」


 ズビシッ、と町長が恰好をつけて指さした。


「でも、地図が無いのにどうしろというんですか」

「いや、まだ手はある」


 町長が再びネクタイを直しながら言った。キリリとした顔になり、三人を見据えている。


「ほとんどまじないに近いがね。こちらに来なさい」


 町長はだいぶ落ち着いたようで、三人を手で招いた。とはいっても、部屋の中にはモノが散乱していて、町長の元にたどり着くまでにだいぶ苦労を強いられた。


「金庫に目が眩んで気がつかなかったんだろうがね、いいものがあるんだ」


 そう言うと、町長は本棚の本を見つめ、そのうちの一冊をぐい、と引っ張った。カチリ、と音がする。するとそれに連動し、隣の壁にかけてあった小さな絵がキィ、と開いた。


「か、隠し扉!?」

「そうとも」


 絵の向こうには小さな空洞があり、その中に小さな箱が安置されていた。町長は両手でそれを取り出し、三人の目の前へと見せた。


「これは……」

「赤水晶、と私は呼んでいる」


 カパリと蓋が開けられると、そこには赤い水晶のペンダントが収まっていた。元々は二つ入っていたのか、赤い水晶を収める窪みがもう一つ開いている。

 赤い水晶は花の形をしていてとても綺麗だった。

 でも、一つだけだからなのか、どこかさびしげだ。


「冬の物語を知っているだろう。氷の娘に会いに行った青年が、お守り代わりにつけていたという伝説付きだ。そのために一つ足りない。城に行く者に託すと伝えてくれ」


 リズが、思わずシキを見上げた。シキはしばらくそれを見つめていたが、やがてリズを見返した。頷き、リズはその赤水晶を手に取った。それを見届けると、シキが顔をあげる。


「ありがとうございます、町長!」

「よし、頼んだぞ、名も知らぬ住人たちよ!」

「あと町長、ワイシャツのボタンが変です」

「おおっ!?」


 慌てる町長を尻目に、三人は歩き出し、屋敷を出て城の門へと向かった。

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