3話 水晶迷宮(2)

「遊ぶって言ったって、あたしたち時間がないのよ!」

「だって、赤水晶持ってるじゃないかー」

「ソウ。赤水晶持ッテル」

「赤水晶持ってるしなぁ」


 光たちは、順番に同じような返答をした。どうやら赤水晶を持っている人間は、やっぱり何かあるらしい。

 ――何か特別な水晶だったのか?

 考えても理解の及ばない事には違いなかった。


「つまりさ。オイラたちと遊んで、勝ったら――」

「正解の道をしばらく案内してあげるー」

「ソレガるーる。簡単ダロー?」


 リズはそれを聞くと、仕方ない、というように答えた。


「なるほど。それなら話が早い」

「ねえ、本当に大丈夫なの?」

「今は彼らに頼るしか道が無いよ。良くも悪くもね。それにシキさんが言ってただろう?」

「シキさんが?」

「鉱石は堅いけど、頭は柔らかく。多分、彼らの事なんじゃあないかな。と、すると……」


 目の前で、光たちが嬉しそうに飛び回るのが見えた。


「ジャア、最初! 一番最初!」


 光の一つがリズの目の前で飛び回る。


「オ前タチガ勝ッタラ、次ノ道マデ案内スル、約束!」

「よーっし。んじゃ、何でも来い!」

「ソーッダナ、ンジャ――」

「うん?」

「ココ。三ツ、道ガアルダロ?」


 光の一つは、指し示すように動く。


「雪ノ道ヲ、タダノ人間ガ行ッタ。水晶ノ道ヲ、俺タチ。花の道ヲ、赤水晶持ッタ人間ガ行ッタ。サテ、正解ハ、ドーレダ?」

「………」


 二人はしばらく目の前の光を見つめた。


「……ヒントは?」

「言ッタ」

「………」

「言ッタカラ、無イ!」

「い、意味がわからないんだけど……」

「こういうのはシンプルにいけばいいんじゃないかな……正解は花の道?」


 タルトがリズを不思議そうに見上げる。


「何でよ?」

「いや、単純に赤水晶を持った人間って、冬の物語に出てくる彼かな、って。それでなくても、花に細工した水晶があるくらいだし」

「………」

「って思ったんだけど、違うかなぁ」

「えっ」


 ただでさえ懐疑的に見ていたタルトが、続く言葉に思わず声をあげる。が、次の瞬間には、もう歌うような笑い声があがり、狭い洞窟内に歌が響いていた。


「正解?」

「正解!」


 声が歌った。リズはほっとして、やれやれといったように、顔を崩す。そして、格好をつけながら言った。


「ほら、やっぱりこういうのは深く考えたら負けなんだよ、タルト」

「………」


 ジト目で見上げると、リズは珍しく動揺した。


「ほんとだってば!」

「ンジャ、早速ゴ案内。次のステージへゴ案内!」

「え、あ、ありがとう!……次のステージ?」


 リズはそこでようやく、改めて、三つの光一つ一つから問題を出されるのだということを自覚した。

 先に左の道へと進み始めた光を追って、リズとタルトは照らし出された道を小走りに進む。途中で細かな別れ道があったが、二人は照らし出された道を歩いていき、迷うことはなかった。


「でもとにかく、こんな感じで進めていけばいいのよね?」

「たぶん」


 多少の不安を感じながら、照らされた道を追った。

 やがて先ほどと同じような広間のある、二つに分かれた分かれ道に到着した。光たちは今度はどちらへも進まず、広間にとどまっている。これが次のステージ、ということなのだろう。人が留まるにはちょうどいい大きさだ。


「で、次の問題は?」


 リズはほとんど諦めたように腰に片手を当てた。光の一つが、リズの前にやってくる。


「じゃあ、二問目ー」

「何でも来なさい」


 リズが自信たっぷりに答えたのを、タルトが若干疑うような目で見上げた。


「さっきからー、あなたたちの後ろを追いかけてくる人がいるのー。それが誰だか当てられたら、通してあげるー」


 リズは驚いたように目を丸くし、思わず振り向こうとすると、まるでそれを制止するかのように高い声が響いた。


「だめよー」

「だ、だめって言ったって……」


 リズは言ってから、ふと気がついて、タルトに目配せした。タルトもそれをわかったようで、小さく頷くのが見える。


「ちなみに、見てもらうのも禁止ー」


 手口は見透かされていた。リズはがくりと肩を落とすと、困ったように頭を掻き、呻きながら目の前を見た。

 それから――不意にぞくりとした。

 薄暗い通路に誰かが立っている気配がする。リズの背後に、まるで見下ろすように立っている何かがいる。誰もいなくても、誰かがいると思うだけで、誰かが立っているような気がしてしまう。でも、後ろを振り返ったとしても、そこに本当に誰もいないという確証は無いのだ。

 リズは無意識のうちに、タルトを強く抱きしめていた。


「リズ?」


 突然タルトに呼ばれ、リズはハッとした。


「あ……いや」


 見下ろしたリズの目に、何かが入った。

 そして――笑った。


「リズ?」

「……ありがとう。お陰で答えがわかった」

「え」


 リズは笑ったまま前を向き、まるで推理を披露するかのように、光を指差した。


「正解は私自身。違う?」

「はぁ?」


 今度は、タルトがあっけにとられたような声をあげた。それにも関わらず、光たちの笑うような、歌うような声が響いた。リズは口の端をあげて、いかにも得意そうに口を開く。


「ね。正解でしょ?」

「ふふー。正解よー、正解ー」


 きらきらと周囲が輝き、それに反響するように歌声が響いた。


「ほらね!」


 リズはタルトに笑いかけたが、タルトはまだぽかんとしていた。


「どういうこと?」


 タルトの問いかけに、リズは無言で下を指差した。

 タルトがそれに従って下を向くと、そこには光の一つが、リズの真下から照らし出していた。その光の一つが、悪戯っぽい声で歌う。いや、笑ったのかもしれないが。


「つまり、ここから照らされると……」


 リズはくるりと後ろを向く。タルトが小さな悲鳴をあげる。

 向いた先には、リズやタルトよりも巨大な黒い人影が、二人を見下ろしていた。


「さっきから彼らは、ずっと私たちの前を行ってた。だから、それに照らされた私の影は、常に後ろにできる。つまり、私たちを追ってきてたのは……」

「影」

「そういうこと。そうだろ?」


 リズはもう一度光たちの方を向いた。


「それじゃ、後はオイラだけだ」


 最後の光がリズたちの前へと飛んできて、それからすぐに離れた。


「オイラは準備のために先に行くよ」

「準備?」

「そうそう。最後の問題はちょっと難しいぞ?」


 笑うように、光が歌った。リズが何か言いかける前に光は飛んでいき、おそらく正解の方だと思われる道を照らし出しながら、先へと進んでしまった。


「……一体どういう」

「サー、行クゾー」

「ご案内~」


 残った二つの光たちは、リズの疑問などお構いなしのように、先を進みだした。リズは慌ててその後を追い、無言で歌が響く洞窟内を歩いていった。 先ほどと同じように、小さな分かれ道を無視して進む光たちを追っていく。そしてそれが何度か続いた後、おそらく最後の――分かれ道に着いた。そうしてリズは辺りを見回した。小さな広間は明るく光っている。光たち自身の発光は辺りに反射していたが、それはまるで、数々の音が反響して音楽を作っているようだ。

 そして、リズは口を開いた。


「さっきの……ええと、彼は?」


 目の前に居る光たちは、リズをここまで連れてきた二つしかない。先に来ていると思った光の一つは見当たらず。リズは困惑した。

 ここじゃないにしても、どうして止まる必要があるのだろう。


「最後の問題はー」

「コノ広間カラ、アイツヲ探シダス事ダカラダヨ」


 リズは一瞬、自分の耳を疑った。


「……は?」


 リズとタルトが声を合わせる。


「ダカラ、コノ広間カラアイツヲ探シダス」

「それが問題~」

「ここって……この中から!?」


 周囲を見回す。まるで天井を含めた壁全てが光を反射しているかのようにきらきらと煌いている。それは小さな音の集合体のようだ。

 それは決して大きな広間ではないが、この中からこの小さな光たちの一つを探すとなると、並大抵のことではないだろう。しかも一つ一つ探していたのでは、かなりのロスタイムになってしまう。これ以上時間を失うわけにはいかなかった。


「リズ。時間はないのよ」

「いいよ、やろう。……それしかないみたいだし」

「うー」


 リズは呻くタルトを抱きなおすと、まずは自分の近くの壁をまじまじと見始めた。そうして、壁を触る。冷たい感覚が、手袋を介しているというのに伝わってくる。

 リズは少しだけ呻いた。


「リズ。どう、するの?」

「どうするったって、まぁ……」


 リズは手を動かしながら、とにかく冷たくない箇所が無いか探り始める。しかし、リズはタルトを抱えていることもあって、片手しか使えない。両手を使ってもかなりの時間がかかるだろうに、これはかなりのロスだ。


「リズ。一先ずあたしをおろして」

「なんで?」

「りょーて。使えないでしょ!」

「ああ」


 リズは答えたが、その返事は気の無いものだった。


「リズ?」

「んー」


 リズは何も聞いていないかのように、片手で壁を触る作業を続けている。タルトは少しむっとして、口を開いた。


「聞いてる?」

「……離したら寒いじゃないか」


 リズはタルトを見下ろすと、情けない顔をして答えた。

 その答えに、タルトは言葉をなくした。

 そもそも、タルトにはリズのように体温というものがまったく存在していない。だから離したら寒いどころか、あまり変わらないはずなのだ。下手をしたら、タルトの体は冷たさをそのまま反映している場合もある。

 タルトにとっては、寒いだの暑いだのいうのは、リズを見ていないとまったくわからない感覚なのだ。タルトが感じるのは、触られた時の感覚だけだ。


「うそつき」

「いや。あったかいよ」


 リズはあっけらかんとしたように答える。

 周りの光たちが笑ったように思えた。


「それにしても……」


 リズがため息をつくと、白い息が空中に漂った。

 いくら手袋をしていても冷たさが伝わってくるとはいえ、それではいくらなんでも限界がある。冷たさを感じないところを探すなんて到底無理な作業に思える。

 しかし、かといって手袋を外せば、すぐに感覚がなくなってしまうだろう。そうなってしまったら、今度はどうにもならなくなる。

 一つ一つ触って確かめている時間はない。リズは周囲を見回しながら、タルトを抱いていないほうの手を顎に持っていく。


「タルト」

「なに?」

「とりあえず、1分くれないか」


 タルトの返事を聞かずに、リズは壁に背を向けた。広間全体が見回せる位置だからだ。

 二つの光が、リズの前へと飛んでくる。


「なになにー?」

「ヒョットシテ、降参カ?」

「まさか。1分くれないかって言ったじゃないか」

「いっぷん?」

「イップン?」


 問い返す光たちを見て、リズは苦笑した。


「考えるからちょっと待っててってことだよ」


 リズはそう言って、部屋の中を見回す。そうして、顎に手を置いたまま、じっと周囲を見回す。目を動かし、静かに無音が反響する広間の隅々を、目線だけで追う。

 不意に、リズが手を動かした。それから、その手をタルトへと向ける。


「なに?」

「ん」


 全部は言わず、向けた手のひらを動かし、それを手に乗せろというような動作をする。


「あ、これ?」


 タルトはずっと持っていた光石を示すと、それをリズに渡した。リズはそれを受け取り、カバンの中にしまった。明るさは対して変わらなかったが、それでも若干リズを邪魔する光が消えたことには変わりはない。若干だが、何かは変わったようだ。

 リズは辺りを見回してから、改めてじっと見た。


 もう一度光りたちを見ると、にこり、と笑った。

 壁から離れると、部屋の真ん中に立つ。壁の一つ一つをじっと見つめ、何かを探すように視線を動かしていく。時折ある地点だけをじっと見つめては、また目を動かすということを繰り返して、部屋の全てを見回した。


「ねえ、それ、何してるの?」

「まぁ、待ってよ」


 リズはそう答え、今度は何かを見比べるように、目を細めてある特定の地点だけを交互に見つめる。その作業を何回か繰り返した後、リズの口元が微笑んだ。

 歩み寄り、ある一角へ歩く。

 そして、その近辺を手で探った。あ、と小さな声をあげる。


「みーつけた」


 リズは笑いかけた。


「え?」


 タルトが、リズと、リズが手を置いた地点を見比べる。


「え……え?」


 タルトがまだわけもわからず、問いかけるように言葉を発する。が、リズが何か答える前に、リズが手を置いた地点の光が不自然に動いた。そして、白い光が、そのまま壁から抜け出すように浮き上がった。


「せいかーい!」


 光が言葉を発すると、リズが笑って口を開いた。


「ど、どうしてわかったの?」

「反射してる光が、青いと思ったんだよ」

「あお?」

「そう。彼らはわりと白めの光を発してる。けれど、氷に反射した光は青いんだよ。光石が、わりとあったかめの色だから、最初は混ざってよくわからなかったんだけど……」


 タルトが、あ、というような顔をする。

 光石は旅人の必需品だが、町に住む人々もそれを活用することがある。暖かな色をした光石は、夜の明かりに最適で、滅多なことがなければ、ロウソクよりも光石を入れたランプを使う事もある。


「だから……」

「そう、だからだよ。光石をしまったら、少し色が変わったろ。後は、壁の中で白いところを探せばいい。それで――」

「ここってわけか」と、光の一つがリズの周りを飛び回った。


「まぁね。……それで」

「わかってるさ」


 光は浮き上がると、他の二つのところへと飛んでいく。そうして、改めてリズたちを見下ろすようにふわふわと動いた。


「ついてこいよ。急ぐんだろ?」

「うん」


 三つの光が正解の道を照らし出した。リズとタルトは一度だけ目を合わせ、頷いた。それから光たちを追い、道を進んでいく。


「確認するけど――最後、だよね?」


 リズはおずおずと言う。


「心配シナクテモ」

「連れてってあげるー」


 返ってきた返事に、二人はほっとした。

 光たちは道を照らし出し、小さな分かれ道を無視して進んでいく。二人はそれを追いかけながら、楽しそうな声がするのを聞いていた。更に分かれ道を過ぎたところで、不意に二人は光たちを追い越しそうになった。

 慌てて止まると、光たちは前に行く様子もなく、二人の後ろへと下がる。リズは後ろを向いて口を開いた。


「どうしたの?」

「ココカラハ、マッスグダ」

「あたしたちはここまでー」

「気をつけていけよ?」


 流れるような三つの言葉に、二人はしばらく黙っていたが、やがて頷いた。

 進む道を振り返ると、向こうの方から僅かだが光が漏れている。ここからは完全な闇ではない。


「わかった。ありがとう」


 リズは笑いかけ。タルトは手を振った。

 笑い声のような音楽が流れる。


「ウン。今マデノ、チャント覚エテロヨ」

「覚えたー?」

「ん? うん、またね!」


 言葉に多少の違和感を覚えたものの、二人は手を振り、道の先へと目を向ける。


「よし。行こう!」


 そして、そのまま走り出す。

 後ろではきらきらと煌くような音楽がまだ響いていたが、次第に遠ざかっていった。その代わりに、目の前の光はどんどんと強くなっていく。もうすぐ出口だ。

 と、突然。壁の一部から、不意に小さな何かが飛び出してきた。


「わっ!?」


 驚いてリズが反対側の壁にぶつかると、それは二人の目の前を通過し、機械仕掛けの羽音を響かせながら、出口に向かって飛び去っていった。


「今のは!」


 リズが声をあげる。明るくなってきた洞窟内で、リズはその姿をはっきりと見ていた。それは、まるで虫のような――というよりも、虫そのものといった方が正しい。手のひらほどの大きさの機械甲虫だった。


「リズ、あれよ! あたしが昨日見た虫! 確かにあれだったわ!」

「バグ(機械甲虫)じゃないか。誰がいるんだ、この先に……」


 言うが早いか、リズは飛んでいく虫を追うように光の中へと走っていく。光はどんどん大きくなり、そして――明るい外へと飛び込んだ。

 リズは一度眩しそうに目を伏せて、少しだけ呻いた。

 タルトの声だけが聞こえる。


「リズあれ!」


 リズは眉をひそめながら、ゆっくりと前を見る。

 薄暗い雲に覆われた空の下。両側に青い柱の立ち並んだ青い道の更に向こう。そこには巨大な城が聳え立ち、二人を見下ろしていた。

 青い氷に全て包まれた、まるで氷柱のような城が。

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