第8話 猫日和
救急車に連絡して、地上げ屋らしき男たちを回収してもらう手はずをとってから。
わたしたちは、改めて病院に戻り、じいじを見舞っていた。
蓮さんは、なにやらじいじと話し込んでいた。今回のことをあれこれ説明していたらしい。どうも、あのふたりは昔から何事か悪巧みばかりしてたっぽい。後できっちり問い詰めておかないと。
――ともあれ、さらに翌日。
蓮さんの家の縁側で、はらはらと花弁を散らす桜を見ながら、わたしは小さく呟いた。
「春容はいなくなったんですか」
「まさか」
蓮さんが、視線を横に向ける。
景色がぼやけて、はて春霞でも出たかと思った次の刹那、ふわりと春容が現れたのである。
ことり、と美しい女性は首を傾げた。
消えたも何も、ずっとここにいましたけどという風だった。
「同じ桜の精ですからね。さっきのは春容のごく一部だけを霊符にこめて、同調してもらったんです。まあ、ひとまずは落ち着いてもらえたようで」
「じゃあ、あそこはそのままです? 除霊とかしないんですか」
「どうしてです。彼らだって人権はあるでしょう」
「じ、人権って!」
思わず、素っ頓狂な声があがってしまった。
しかし、対する蓮さんは至極真面目な顔で口にしたのである。
「人の定義によりますけどね。確かに人間の社会には組み込まれてませんし、私たちと十全な意思疎通は難しいですが、あれはあれでれっきとした人格と知性を持った存在ですよ。だったら人権を付与されるのも当然だと思いませんか」
自分の言葉に、うんうんとうなずく蓮さん。
庭の近くでは、ばたばた白虎が走り回っている。どうも蝶か何かを見つけたらしく、やたらと興奮して追いかけ回している始末だった。
そんな白虎をひょいと持ち上げて。
「まして、ちょっと迷惑だからって、勝手に追い払ったりできるはずもありませんよ」
一理あるような、ないような。
何にせよ、わたしには自分の家族のことが気になった。
「蓮さんは、じいじとそんな約束でもしてたんですか」
「約束というか、持ちつ持たれつといいますか」
み~と鳴きながら手を伸ばす白猫の背中を撫でながら、蓮さんが笑う。
「私にも、ちょうど場所が必要だったんです」
と、囁く。
「前に働いてたところの若社長も立派になりましたし、もう隠居のつもりだったんですが、どうにもこうにも魔法使いというのは因縁が降り積もる。私個人が終わったつもりでも、培った縁は重力と同じで振り払えない。……ええ、振り払うつもりもない大事な縁もありますからね。主に年一回の社員旅行とか」
最後はふざけた口調で言って、蓮さんは微笑した。
若社長とか培った縁とかいうのは、どんなものだったんだろう。魔法使いという言葉の非現実な響きと、蓮さんの妙に懐かしそうな眼差しとが、わたしの中ではうまくぱちんとはまらなかった。
ゆるくかぶりを振って、こう続ける。
「まあ、私の引退に付き合わされてるのはあなたも業腹かもしれませんが、その分お爺さんのお手伝いはしますので、ひとつよろしく。代償にちょっとお小遣いをねだるぐらいは許されるんじゃないかと思います」
なんとも、かんとも。
とりあえず、じいじは後でもう一度とっちめよう。
で、蓮さんには――
「じゃあ、蓮さんからはバイト代ですね」
「え」
「小説家って儲かるんでしょ! ふん、この際だからたっぷり請求しますし! でなかったら、本当の原稿の進み具合とか、蓮さんの執筆時間とか、あらいざらい編集さんに報告しますし!」
「いやその、そんな儲かるようだったら、もっと別の選択肢もあったというか! えと、五十鈴さん、ちょっと手心を」
「ありません、そんなの!」
ふん、と鼻を鳴らす。
ここは徹底抗戦だ。だいたい引退だかなんだか知らないが、天下の女子高生を前にして、懐旧に耽る態度が気にくわない。
「……にあ」
と、縁側の玄武が眠そうに鳴いた。
「にゃ」
「うにゃ」
「にぃ~~~~~~~あ」
つられたように、三匹もそれぞれに鳴く。
高い声はどこまでも、春の青空の彼方まで、伸び上がっていく。
ああ、まったく。
……本日も、猫日和だ。
猫陰陽師・猫屋敷蓮の猫日和(春) 三田誠 @makotosanda
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