第2話 猫と桜

 蓮さんの家は、古い住宅街の、坂道をのぼったところにある。

 真っ直ぐ上れば息が切れるぐらいの、ちょっと険しい坂だ。


 そのおかげで、景色は悪くない。

 縁側に出れば、ぱっと青空が広がるし、海までの眺めをひとりじめできる。


 ついでに、桜なんて咲いてたりもする。

 しかもソメイヨシノじゃなくて、山桜。なんて生意気な。綺麗だけど。


「にゃあ! にゃあ!」

「うにゃ」

「にぃ~~~~~~~~~~あ」


「はいはい、約束通りのキャットフードですよ」


 待ちきれない様子の三匹へ、それぞれの皿にキャットフードを盛る。

 眠ったままの玄武のまで食べられないように、でぶ猫用は足下に置いて、宿題を膝に広げた。

 本日は古文のプリント。実に面倒くさく、出題者の性格があらわれるひっかけ問題が羅列されており、とりあえず田中死ねという感想しか浮かばない。


 でも、やるよ。

 さぼったあげく蓮さんみたいになるの嫌だし。


 その途中で、


「にゃあ」


 と、白猫が鳴き声をあげた。

 一番の元気者、いたずらっ子の白虎である。

 ただし、相手はわたしじゃない。


「――お?」


 思わず、声が出た。

 ぱちぱちと、瞬きもしてしまった。


(お、お、おおおお?!)

(――というか、めっちゃ視られてる?!)


 縁側である。

 さっきの山桜のあたり。

 やたらに綺麗な女の人が、鮮やかな振り袖を纏って、根っこのあたりに座り込んでいた。はらはらと舞い散る花びらが、つやつやした黒い髪と戯れるだけで、胸が鳴ってしまうほどの美人。すごい。見てるだけで長生きできそうな美人とはいるものだ。


 ただし。

 花びらは、すうと髪の毛を貫通していったのだけど。


 つい調子に乗って、手など振っていた自分が、ああやっぱりなあとぎこちなく笑う。

 ついでに、血の気がすうと失せていった。

 

(やば。わたし、また――)


 視界が暗くなる。

 意識が遠ざかる。


 ばいばい。さようなら。また明日。




 その間際。がら、と障子が開いたのだ。


「――ひゃっ!」

「し、し、し、死ぬかと……思いました……充電……いえ充猫しないと……」


 大声をあげて損したと、後悔する。

 銀髪をまき散らして、B級映画のゾンビよろしくのたのたと這いずってきた羽織の主は、憔悴した横顔の蓮さんだった。

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