第4話 猫と占い
その言葉に、思わずわたしは硬直していた。
じいじのことなんて、何も話していなかったからだ。
もちろん、わたしがこの家に来てるのはじいじが理由なので、共通点として話題に出るのは不思議じゃない。でも、「どうかしたか」なんて風に、断定的に話しかけられるはずもなかった。
しばらく硬直していると、
「……にあ」
と、足下で、でぶ猫が鳴いた。
まるで、いいから話してみなさいと促すようだった。
「えっと……一昨日風邪で倒れたんですけど、大したことなかったですよ。ただ年齢が年齢なんで、検査をかねて一週間ほど入院してるってことで」
「なるほど……」
いつのまにか腕のあたりにのぼっていた白虎をのんびり撫でながら、蓮さんは小さくうなずいた。
「五十鈴さん。お爺さんの写真か何かありますか?」
「え、写真?」
もちろん、家族写真なんていまどきの女子高生が持ち歩いてるはずもない。
数秒考えて、スマートフォンを取り出した。
「これでよければ」
「ああ、いいですよ。要は縁さえつながればいいんですから」
一旦家の奥に戻って、蓮さんが持ち出してきたのは竹籤のセット――つまりは筮竹だった。
「占い?」
「言ったじゃないですか。陰陽師はもともと国家公認の占い師ですって。ああ、私の場合ちょっとアレンジ加えてるんで、これも使いますよ」
「ってサイコロ!」
スマホの設定をいじって、勝手に電源がきれないようにしてから、じいじの写真をだして縁側の中央に置く。
さらに、隣に据えたのはこの街の地図らしかった。
ざらり、と蓮さんが手の中で筮竹を回す。
長くて細い指が繊細な楽器に触れるみたいに、優美に動き、一本だけを取り出した。
「――さて、こちらが太極」
と、最初の一本をスマートフォンの手前に置く。
それからサイコロを振り、また筮竹を回しつつ操作する。
不思議と、ただそれだけの仕草がひどく荘厳に映った。
筮竹がふたつに分けられ、何本かずつ取り出され、再びサイコロが振られる。
ともすればお遊びにしか見えない光景なのに、その操作を繰り返す度、蓮さんが別の生き物に化けていくように見えたのだ。
(――さっきの花の精みたい)
筮竹を回し、抜き出し、サイコロを振る。
たったそれだけの行為が、まるで宇宙を回すかのよう。
「元柱固真、八隅八気、五陽五神、陽動二衝厳神」
ゆるゆると、蓮さんの掠れた声が聞こえた。
呪文なんていうよりずっと自然な、こぼれる歌にも似た拍子。響き。
「うにゃ」
「にぃ~~~~~~あ」
いつのまにか、桜と戯れていた朱雀と青龍の鳴き声が、その響きに重なった。
やがて、筮竹を繰る手がぴたりと止まる。
どうやら、占いが終わったらしかった。
「え、と、どうだったんですか?」
「ふむ。ひとつお伺いしますが、五十鈴さん、近いうちお爺さんの見舞いに行きます?」
「明日行くつもりですけど」
「では、玄武を連れていってください。占いの結果はその後で」
などとのたまわったのだ。
「って、ちょっと待ってください。病院に玄武を?!」
「このへんだと、入院してるのは如月病院でしょう? あそこは申し込みさえすればペット同伴可能なはずです。玄武を連れて、お爺さんをお見舞いしてあげるといいですよ」
でぶった黒猫を持ち上げ、頬ずりしながら笑った顔は、正直詐欺師にしか見えなかったと告白しておく。
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