一枚の写真のような。読まれなかった手紙のような。

流れる時間を切り取って、ファインダーの枠の中に固定する。シャッターを切ると光の反射は真っ直ぐにレンズを通り、そこに時を焼きつける。

写真を見たときに感じる、静と動。それは切り取られた一瞬の刹那と、そこに至るまでの、あるいはその後に続くはずの物語との対比から生まれる。

5:00 amと名付けられたこの作品は、はじめに読んだときはまるで写真のようだと思った。
何気ない描写が、はっきりとした形や姿、温度までイメージさせてくるから。
2人の視点で描かれる朝の風景は、想像の余地を多分に残した、まさに写真のようだと形容すべき作品だと思えたのだ。

ところが、感想を書こうと気になった部分を読み返すうちに、この作品が持つ繊細でひとりよがりな気持ちの切なさに気付く。
心や想いのベクトルが確かに互いを指しているのに、どちらもきちんとした形になって届いていない、そのもどかしさはなんとなく読まれなかった手紙を思い起こさせた。

全てを説明せず、描ききらず、あえて行間の幅を広げた作風により、この作品はきっと読むたびに異なる感想を持つものとなるのだろう。
昨日や今日と同じ5:00 amがどこにもないように、読む人の数だけこの作品の背景はあるのかもしれない。

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