良質なファンタジーの香りが、蒸気と珈琲の湯気に乗ってやってくるような。

 「放課後は、異世界喫茶でコーヒーを」という作品を、私はここカクヨムでなくライトノベルで知った。しっとりとした雨上がりのような優しい気配のする名作だ。そして、この作品はカクヨムでも連載されている。こちらは文庫とはまた異なる、春の午後に似た穏やかさをもつ名作だ。
 本作の作者、風見鶏さんの前作品である。

 そのゆったりとした独特の空気感がとても好きで、私は「イセコー」がいつまでも続いていくものだと思っていた。いや、続いて欲しかったのだ。そんな同士はきっと大勢いることだろう。(あれころ語りたい)
 しかし、物語に終わりはつきもので、「イセコー」は素晴らしく心温まるエピソードをもって完結した。最終巻では当然のようにほろりと涙した。あぁ、もうこんな素晴らしい作品に出会うことはしばらくないだろうな、神作だったな、と6冊の文庫本を大切に本棚にしまった。

 そしていくらかの時が流れて、知った。風見鶏さんの新作が発売されることを。期待半分、不安半分だった。「イセコー」の、あの何とも言えない読後感と再び出会えるのだろうか? もし新作が、自分に刺さらない作品だったら? そして私は、とりあえず様子見して評判が良ければ読もうと決めた。でも結果はこのとおり。まだ3話目が公開されたばかりだというのに、我慢できずに読み始めてしまったのだ。

 あぁ、失敗したな。と思った。なぜかって、想像以上に面白かったのだ。
 発売は2月だというのに、こんなにも続きが読みたくて仕方がない。
 だけれど、こんな風に続きを楽しみに出来る作品をリアルタイムで追いかけることが出来るというのも、案外悪くないかもしれない。それこそ、作品名のように「またきて明日」と明日の更新を楽しみにワクワクできるからだ。
 WEB小説の醍醐味を目いっぱい感じるか、はたまた文庫の発売までじっと待つか。それは読者次第、ということだろう。

 ところで今作。3話にして、主人公がコーヒーを飲むシーンが出てくる。しれっと読んだら気にならないが、前作の読者はニヤッとするはずだ。ほう……コーヒーとな、と。

 面白いなと思ったのが、前作「イセコー」は異世界の喫茶店という閉じた世界を舞台にしたお話だったのに対して、今作「さよなら異世界、またきて明日」はすっかり滅んでしまった異世界の、からっぽな空の下が舞台という点だ。どちらも異世界にぽつんとひとりで迷い込んだ主人公というのは変わらないのに、物語のベクトルが180度違う。
 「イセコー」にあった、ほのぼのとした空気はまだ本作にはない。当然だ。世界は滅びかけているのだから。しかし、確かに作りこまれた異世界の色が、香りが、音が。じんわりと文章から漂ってくる。
 当たり前のことだが、この作品は「イセコー」ではない。しかし、間違いなく「風見鶏さんの作品」である。

 だからこそ、前作「イセコー」の読者は絶対に読むべきだ。
 そして前作を知らない、今作から入る人はこのうえなく幸福だ。
 あの名作と出会う喜びを、この先に感じることが出来るのだから。

 最後に、この素晴らしい作品を世に出してくださった作者様に最大限の敬意と感謝を記して結びとする。本当に、ありがとうございました。
 

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