第2話

すっかり夜の闇に使った農村のくねくねした坂道を、母さんの車で上がっていく。やばい、酔ったかも、そう思い始めたところで、遠くにきらきらと、派手な光を放つ家が見えてきた。それがみどりさん宅だというのは、すぐにわかった。オレンジ色のイルミネーションが、まだ向こうに小さく見えるその家を、暖かく形どる。深い森にぽつんと迷い込んだ、パレードの一角みたいだ。

 母さんに連れられてここに来たのは、中学一年が最後のはずだ。あの頃、僕は常にわざと不機嫌そうな顔をして、窓の外を見つめてばかりいた。今思い出せば、それこそが何より恥ずかしかったと思えてならないのに。

 その頃より一層、イルミネーションはグレードアップしているように感じられた。光を纏ったもみの木が、あの頃より大きく育っているからだろうか——。

 けれど、あっという間だったな。僕は一瞬、なんだか感傷的な気分になる。

 車が到着すると同時に、玄関から小さな人影が二つ現れた。一瞬、はしゃぐ子供のように見えたその姿は、みどりさんと、そして噂に聞いていた宮さんであった。

 「秀一くん、ようこそいらっしゃいましたぁ」

——宮ちゃんがなんたってミス暁中だったくらいだもんね

 僕の心の隅に、密かに育った淡い期待は、そこで早くも音を立てて砕けた。母さんが綺麗と褒めていた宮さんというのが、これまたかなり派手なタイプだったのである。巻かれた金色の前髪と激しくぶつかりあうつけまつげを揺らしながら、宮さんは一度くっと目を見開き、そして顔をくしゃりとさせて微笑んだ。

 一歩、二歩、彼女は瞬く間に僕に近づき、僕の右腕にするりと手を回した。母さんやみどりさんと会話を弾ませながらも、ひんやりとした腕は僕のそれに絡ませたまま、僕を前に前に、誘導していく。あぁ、ボディータッチ。初対面にもかかわらないこの積極性。こうやって来られたから、母さんも僕を畳掛けるほかなかったのか。そう思いながら、もう一方の頭の片隅では、娘さんの赤いほっぺたというのは、もしかして化粧では・・・・・・なんてことを考えていた。目の前にある、宮さんの横顔の頬が、チークでプラムのように赤かったからだ。思わず、それに見入っていると、プラムが一つから二つに増えた。宮さんが、僕のほうを振り返ったのだ。

 「わざわざありがとね。休みとって戻ってきてくれてっ」

 「あ、いえ・・・・・・」

 腕を引かれるままに、広々としたリビングに辿り着く。そこはもう、思い思いの場所でおしゃべりを楽しみながら、テーブルを囲む人たちで暖かく賑わっていた。テーブルには、大きな七面鳥をはじめとした、いっぱいのご馳走たちが並ぶ。

 「鷲見さんご到着でーす」

 「すっかりイケメンじゃーん、ちょっとー!」

 「こんばんは・・・・・・」

 母さんの友人たちのどよめきに、急に肩身が狭くなって、思わず身体がこわばった。どう答えて良いかわからずに、僕はしばらくリビングの飾り付けに気を取られたふりをする。木棚に置かれたポインセチアに、真っ白な壁にかけられた深い緑色のリース。天井には、ヤドリギがいくつか真っ赤なリボンに結ばれている。そして庭に光るイルミネーションが、大きな窓越しに、きら、きら、きら、と部屋のなかにまできらめきを運ぶ。

 「プレゼント置いちゃおうか」と母さんが僕を促した。

 リビングの入口の脇に、僕より背の高いクリスマスツリーが飾られていて、そのふもとには、様々にラッピングされた沢山のプレゼントが置かれていた。

 「秀一くん、飲み物何がいー?」

 「えっとじゃあ、僕はオレンジジュースで」

 「お酒飲まないの?」

 「帰りは僕が運転するって約束しちゃってるんです」

 あー、そっかそっかぁー、という母の友人たちの声にしばし背を向けて、僕はツリーのほうへと身をひるがえす。そして左手に持っていた、デパートの紙袋のプレゼントを、そっとふもとに置いた。

 彼女を初めて見たのは、そのとき身を起こして、大きな窓に滲むイルミネーションへと、目を向けた瞬間だった。

 大切そうに両手を添えたグラスから、白ワインを少しだけ口に含み、そして彼女は顔を上げた。黒目がちの、アーモンドチョコレートみたいな二つの瞳と、かちりと視線が重なる。一秒、二秒、確かに目が合っていたけれど、彼女は次の瞬きと一緒に、ごく自然に目を逸らした。

 大窓を背に、ワイングラスを持って立つ彼女は、少し手持ちぶさたに見える。僕のところからでも、瞬きごとに、長い睫毛が揺れるのがわかった。耳が見えるくらい短く切り揃えられた、真っ黒な髪。首筋から指の先まで白いその肌は、まだ足跡ひとつない、新雪のようだった。そして、ワインのせいだろうか。その頬は、控えめなふじりんごみたいに、ほんのりと赤みがある。紫色の大きなセーターに、黒いチェックのズボン。ちょっとボーイッシュな服装を纏っているけれど、なんだか赤い着物を着て、日本昔ばなしに出てきそうな、そんな子だった。座敷わらしだろうか、と僕は思う。彼女に似た何かを、ずっと昔から知っていたような気がするのだ。けれど、それは彼女に似た人に会ったことがあるとか、そういう種類のものではなかった。

 こんな女の子をずっとぼんやりと思い描いていたような気がする。だけどそのわけがわからないから、胸のなかがぐるぐると気持ち悪かった。

 それからすぐに僕は恋に落ちて、あんな風に感じたのは、彼女がずっと待ちわびていてた女の子だったからだと、思うようになるのだけれど——。

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