第1話

 今年は少し早く帰って来れるか、と母さんが切り出したのは、十月の半ば。年末の話をするには、まだ少し早めの時期のことだ。群馬のみなかみにある実家には、半年に一度帰るか帰らないか。帰省したって、滞在は長くて三、四日。やっぱり内心寂しい思いをさせているのかなぁ、と思いつつも、「仕事次第だなぁ」なんて答えていると、母さんは更にひと押ししてきたのである。

 「仕事次第って、有給休暇って休む権利でしょう? 今からなら、仕事のほうをなんとかしてもらえるんじゃない?」

 「うん、まぁ、そうかなぁ」

 「そうよ、ちょっと休み、とってみてくんない?」

 何かある、と、この時点でわかった。普段はあまり自分の意見を押し通そうとしない母さんが、畳みかけるような口調になっていることに、大きな違和感がある。

 「何かあるの?」

 「みどりちゃんのとこのクリスマスパーティー、二十五の夜みたいなんだけど、今年は皆わりに集まるみたいなのよ」

 みどりさんというのは、母さんの中学時代の同級生だ。幼少期をアメリカで過ごしたというみどりさんは、僕が幼い頃から毎年クリスマスには、友人やそのまた友人を自宅に招いて、盛大なパーティーを催している。そしてそれは、今でも恒例なのだった。小さな頃は、毎年家族で訪ねて行っては、他の子供たちと家中を駆け回って遊んだものだけれど。

 「ほら、川西さんの秀介くんとか、志村さんの智くんと彩ちゃんとか。今年は皆来られそうなんだって」

 「こんな前からもう予定わかってるの?」

 「うん・・・・・・」

 「でもそれだけ、じゃないでしょ?」

 聞いてみれば、宮さんという、母さんの今度は高校時代の同級生が娘の良い相手を探していて、僕はどうか、と話が持ち上がっているというのだった。いや、持ち上がっている、というより、話が進んでいるといったほうが正しいかもしれない・・・・・・何故なら母さんは、既にイエスの返事を、先方に伝えているというのだ。

 「え、じゃあ僕もうパーティーに行くって話になってるってこと?」

 「うん、ちょっとね、宮ちゃんに何度も念を押されちゃったもんだから」

 「母さーん。まぁ休みとれなくはないと思うけど、勝手に返事はやめてって」

 「ごめーん。宮ちゃんの行動が早くって、もう娘さんにアポとったっていうのよ。私だってびっくりしちゃったんだけど」

 「うん、まぁいいや。じゃあ有給申請しとくけど。けど別に会わせることが目的だったら、どうせ年末には戻るんだから、パーティーじゃなくたってそこでセッティングするんじゃだめなの?」

 「それも言ってみたんだけど、そういうかしこまった感じだと、宮ちゃんとこのお嬢さんは緊張して来ないかもって」

 「はあ。色々難しいんだね」

 「うん、なんか男の人と話すのがちょっと苦手な子みたいで」

 「え、そうなの?」

 「まぁ、まぁ、無理にその先のお付き合いまでなんて言わないから、会うだけは会ってみてくれる?」

 「うん、それはわかったけど」

 「子供の頃は、そりゃあ可愛い子だったよ? 色が白くて、赤いほっぺでねぇ。宮ちゃんがなんたってミス暁中だったくらいだもんね、今も綺麗になってると思うけどね」

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