第5話

 “初雪温泉”。秀一さんの教えてくださった単語を検索にかけると、ページの一番上に、そのままの単語の項目が見つかりました。

 カーソルを合わせ、静かに一息飲み込んでから、人差指のクリックボタンを震わせます。

 「草津の湯から始まる、旅の記録」

 墨文字のフォントで書かれた一文の下には、あのとき見せていただいた、色鉛筆の夜空が広がっていました。舞い上がる湯気、灯篭のような雪明かり。大きな画面で見ると、絵のなかの白い色だけが、ぼんやりとした質感の、色鉛筆以外のもので描かれていることに気がつきました。秀一さんは、どうやって描いたのでしょう? 思いながら、じっと画面を眺めていると、秀一さんのなかには私の知らない知識や思い出が、沢山たくさん溢れているのだと、リアルな実感が湧いてきます。それをこれから、世界を旅するみたいに、知っていくことができるのでしょうか。

 深呼吸で息を整えると、右手のマウスを使って、画面を少しずつ、下にスクロールさせていきます。秀一さんの描いた夜空が上に消え、文字の羅列が現れました。何年も昔の、ブログの記事です。

 ゆっくりと、一言、一事を飲み込むように、私は文字を追っていきました。

「寒さは得意じゃないが、温泉に入るまえのそれだけは格別である。そんな考えに確信をくれたのが、万座温泉だ。そびえ立つ雪山たちを眺めながら、湯に浸かると、先程までの凍える寒さを思い出し、温かい幸せを一層強く感じることができる。

 僕は丁寧にかけ湯をして、まだスキーブールの窮屈の感覚の残る足を、そっと湯船につけた。冷え切った身体に、湯は熱い。灼熱という言葉に、足から順に抱きしめられていくような感覚——」

 私は耐え切れず、そこでパソコンを閉じました。力を込めたつもりはないのに、パンッ、と勢いの良い音が、静かな部屋に響きます。

 あのときも、湯船に足を浸した、その瞬間だった。

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