人は世につれ、世は人につれ~江戸を彩る人情詞

 この小説は、全158話、百万字を越える大長編だ。
 にもかかわらず、露ほども退屈さを感じさせないのは、次から次へと展開する話の面白さ、減り張りの効いた文章、何よりも、主人公の真之介をはじめ、キャラがいい。
 真之介の妻のふみ、幼なじみの拮平、物書きで利発な姉御肌のお駒、艶やかな芸者の蜜花。敵役の仁神、その他、個性的な脇役が目白押しだ。
 そして、随所に挿入された江戸風俗の蘊蓄が勉強になる。

 主人公の本田真之介は、もともとは本田屋という屋号の呉服屋だが、侍株を買うことで武士となった”にわか侍”だ。けれども、これが、顔良し、男ぶり良し、知恵もあり、お金もある、何拍子も揃った好人物とくるから、読み手にはたまらない。
 その真之介が、望まぬ御家人の側室になるのを逃れるためにやってきた旗本の娘、ふみを嫁にもらうことから話は始まる。
 ふみを側室にしそこなった仁神家の逆襲や、真之介の幼なじみで足袋屋の拮平の恋愛問題、本田屋の店員たちや、ふみの親族が持ち込んでくる面倒事が次々と持ち込まれて、彼らの周りはいつも問題だらけだ。それらに頭を痛ませながらも、上手くかわしてゆく真之介の手腕には舌をまく。
 時々、漏らす真之介の本音も人間味があり、当時の是が非でも男児を生むことを望まれた嫁たちの気苦労なども描かれていて、とても興味深い。

『侍にて候』は、ストーリーを楽しむとともに、江戸風俗や当時の人々の生き方を学べる秀作だ。
 ぜひ、この小説は、一足飛びに読まずに、一話一話を味わいながら読んでいただきたい。

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