侍にて候
松本恵呼
第1話 にわか侍
真之介「これ、そこな町人」
拮平 「あ、はい…」
えー、
これでも、白田屋と言う足袋屋の若旦那なもんで、日々呑気にやっておりますが、世の中にはじっとしてられないと言うか、あれこれやりたがる、やらずにいられないと言う野郎がおりまして…。気のいい僕は、今日もそんな野郎の餌食になるのでありました。
拮平 「なーんだ、誰かと思えば隣の真ちゃんじゃない。ああ、侍になっ
たったたんだよね。金使って。でもさ、馬子にも衣装と言うけど、
さすが真ちゃん、中々よく似合ってじゃん」
真之介「黙れ!私は侍である。その卑しくも武士たる者を馬子を引き合い
に愚弄するとは不届き千万。無礼者め、そこへ直れ!手打ちに致
す」
----ああ、やっちゃった…。
真之介「この刀を飾りと思うてか。お前は三日坊主で終わったが、私は道
場にて日々研鑽を積み、今では免許皆伝、の手前。ここはひとつ、
この買ったばかりの刀の錆にしてくるわ!」
拮平 「これはこれは、大変申し訳ございませんでございます。日頃の親
しさゆえ、つい、無礼な口を聞いてしまいました。何卒、平に平に
ご容赦のほどを…。あ、はい、以後、以後以後は、気をつけるでご
ざいますです」
真之介「左様か。まあ、今までのよしみもあるゆえ、今日のところはこれ
くらいにしてやるか」
拮平 「ありがとうございます」
真之介「だが、いい刀を買ったでな。一度くらいは試し切りをしてみたい
ものよ。忘れるでないぞ。なあ、拮平」
拮平 「はい、です」
----でも、ちょっと怖い…。
真之介「何だ、今日はここで網を張っているのか。毎日熱心なことだが、
その熱心さを少しは仕事に向けられんか」
拮平 「いえいえ、今日は本当に親父に頼まれた用事の帰りでして」
真之介「ついでに、町行く娘に声かけも忘れぬとは、まったく…」
拮平 「そんなことより、真、様。お嫁様は決まりましたか」
真之介「ああ、私も頼んではいるが、何しろ、この通りのにわか武士で
はな」
拮平 「そんな、ご謙遜を。真之介様なら、例え大名の姫君でも」
真之介「これ、冗談にもそのような大それたことを言うでない」
拮平 「いえいえ、冗談ではなく」
真之介「冗談は顔だけでよい」
拮平 「そんな。私は今までもこれからも、真之介様の後をついて行きま
すんで、ねえ」
真之介「季節外れの風邪でも引いたか」
拮平 「えっ、何の話?」
真之介「いや、何でもない。それより、お前こそ嫁をもらえ。なあ、拮
平」
そう言って立ち去る真ちゃんの格好いいこと!
悔しいけど、何をやっても、絵になる男。
僕は、そんな真ちゃんが大好き…。
でも、どんな人間にも裏があるって本当だった。
ある夜、僕は見てしまった。
真ちゃんのとんでもない「顔」を。
今でも震えが止まらない…。
ああ、真ちゃん。
君は、何てことを…。
そして、かわら版を握りしめた僕は、思わず走り出していたのでした。
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