羽を閉じる


 僕の灯りは淡くてみにくい。

 黄色い色に白が混じって、自慢できる灯りじゃない。

 それでも貴女はこの色を、綺麗だねと言ってくれた。

 遠い昔に葉の陰で。



 そして聞こえる。いつかの声色。

 こっちの水は甘いと歌う、伸びやかで艶めいた声。

 僕は知ってる。

 あのひとは嘘を言ったりしない。

 だから僕は誘われる。




 向こうに見える山並みに、貴女の影の幻を見る。

 僕はこれでも精一杯に、足を動かし背を羽ばたかせ、消えゆく跡を追いかける。

 僕は夜汽車を使わないよ? 

 使えないよ。

 貴女を追い越したくなんて、ないから。



 移り気な貴女。

「浅い眠りの夜風がもらす、微かな声を聞きたいから――

「月に絆(ほだ)され心を許した、石達の色を見たいから――

 そんなどうしようもない理由で、汽車から降りて行ってしまう。

 僕に予測は出来ないよ。

 もし、追い越してしまったら。

 そんな事を考えて、僕は夜汽車のホームを去るんだ。

 もし、貴女の後ろに立ってしまったら。

 後ろに隠した籠なんて、僕は見たいと思わない。



 僕が知ってる星座なんて無い。知ってる星は一つだけ。

 小夜曲なんて僕は弾けない。覚えてる音は一つだけ。

 僕の灯りは一つだけ。

 貴女の興味を引けたのは奇跡で、飽きられたのは必然なんだ。

 戯れに手のぬくもりを与えられ、気まぐれに解き放たれた見知らぬ地。

 僕は貴女の影を追う。



 貴女は気の多いひと。

 そして、嘘を言わないひと。

 月の形の数ほどの愛する気持ちを知っていて、雨音の数だけ好きを言える。

 僕にこっそり教えてくれた貴女の心を占める恋。

「いつまで経ってもこっちを向いてくれないあの眼差しは、お月様と言うのよ」

「湿っぽく心を叩いてくる音は、雨音というのよ」

 声は止まない。

 どこかでも、誰かに教えてた。

 誰に送った言葉も真実。



 どこにも嘘なんてなかった。

 貴女の声が、聞きたい。





 苦い水と歌わない限り、僕は世界を飛べるんだ。

 籠を隠してくれるなら、貴女の周りを無邪気に飛べる。

 また気まぐれに、細く長い指を反らせて誘ってくれたら、その指先で、気が済むまで光ってみせる。

 もしも、二度目の奇跡が起きて、僕を捕らえてくれるなら――




 入れられたのは小さな籠。

 黄金に光る甲虫。

 瑠璃色に閃く小さな羽虫。

 どこで捕まえたのだろう。水の中で生まれた虹の様な、碧の灯を持つ遠い僕の仲間達。

 僕に羽を広げられる場所は無い。

 飛ぶ必要の無い貴女の檻。

 望んだ獄。

 籠絡ろうらく蟲籠むしかご






 僕は知ってる。

 貴女は嘘を言わないひとだ。


 いつかまた、気まぐれに、「綺麗ね」と微笑んでくれる時のために。

 どれが僕なのかを忘れられないように。

 僕は僕だけの灯りをともす。

 いつかまた、手のぬくもりをもらえるように。

 僕のままで、待っています。


 いつかまた、優しい言葉をもらえるように。

 いつかまた、甘い水を飲ませてもらえるように。

 いつか、情を教えてもらえますように。


 いつか――














 お願い神様。

 永遠を、下さい。

 

 





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