破壊の杖⑤




 アルヴィーズの食堂の上の階が、大きなホールになっている。

 舞踏会はそこで行われていた。

 才人はバルコニーの枠にもたれ、華やかな会場をぼんやりと見つめていた。


 中では着飾った生徒や教師たちが、豪華な料理が盛られたテーブルの周りで歓談している。

 才人は外からバルコニーに続く階段からここまで上ってきて、料理のおこぼれにありつき、ぼんやりと中を眺めているのだった。

 場違いな気分がして、中には入れなかった。


 才人のそばの枠には、シエスタが持ってきてくれた肉料理の皿と、ワインの壜がのっかっていた。

 才人は手酌で一杯グラスに注ぐと、それを飲み干した。


「お前、さっきから飲みすぎじゃねえのか」


 バルコニーの枠に立てかけた抜き身のデルフリンガーが、心配そうに言った。

 キュルケから貰った剣があっけなく折れてしまったので、護身用にこっちを背中に差しているのだった。

 相変わらず、口の減らない剣であった。

 でも根は陽気で楽しいヤツなので、今みたいな気分のときには、都合がいい。


「うるせえ。家に帰れるかも、と思ったのに……、思い過ごしだよ。飲まずにいられるか」


 さっきまで、綺麗なドレスに身を包んだキュルケが才人のそばにいて、なんやかやと話しかけてくれていたが、パーティが始まると中に入ってしまった。


 才人はしかたなくデルフリンガーを相手に、憂さを晴らしているのだった。


 ホールの中では、キュルケがたくさんの男に囲まれ、笑っている。

 キュルケは才人に、後でいっしょに踊りましょ、と言っていたが、あの調子では何人待ちになるのかわからない。


 黒いパーティドレスを着たタバサは、一生懸命にテーブルの上の料理と格闘している。


 それぞれに、パーティを満喫しているようだった。


 ホールの壮麗な扉が開き、ルイズが姿を現した。

 門に控えた呼び出しの衛士が、ルイズの到着を告げた。


「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおな~~~り~~~!」


 才人は息を飲んだ。

 ルイズは長い桃色がかった髪を、バレッタにまとめ、ホワイトのパーティドレスに身を包んでいた。

 肘までの白い手袋が、ルイズの高貴さをいやになるぐらい演出し、胸元の開いたドレスがつくりの小さい顔を、宝石のように輝かせている。


 主役が全員揃ったことを確認した楽士たちが、小さく、流れるように音楽を奏で始めた。

 ルイズの周りには、その姿と美貌に驚いた男たちが群がり、さかんにダンスを申し込んでいた。

 今まで、ゼロのルイズと呼んでからかっていたノーマークの女の子の美貌に気づき、いち早く唾をつけておこうというのだろう。


 ホールでは、貴族たちが優雅にダンスを踊り始めた。

 しかし、ルイズは誰の誘いをも断ると、バルコニーに寂しく佇む才人に気づき、近寄ってきた。


 ルイズは、酔っ払った才人の目の前に立つと、腰に手をやって、首をかしげた。


「楽しんでるみたいね」

「別に……」


 才人は眩しすぎるルイズから、目を逸らした。

 酔っていてよかった、と思った。

 顔の赤さが気取られない。


 デルフリンガーがルイズに気づき、「おお、馬子にも衣装じゃねえか」と言った。


「うるさいわね」


 ルイズは剣を睨むと、腕を組んで首をかしげた。


「お前は、踊らないのか?」


 才人は目を逸らしたまま言った。


「相手がいないのよ」


 ルイズは手を広げた。


「いっぱい、誘われてたじゃねえかよ」


 才人は言った。ルイズは、答えずに、すっと手を差し伸べた。


「はぁ?」

「踊ってあげても、よくってよ」


 目を逸らし、ルイズはちょっと照れたように言った。

 いきなりのルイズのセリフに、才人は戸惑った。

 何をいきなり言うのだ、こいつは、と思ったら照れてしかたがなくなった。


「踊ってください、じゃねえのか」


 才人も目を逸らした。

 しばらくの沈黙が流れた。

 ルイズがため息をついて、先に折れた。


「今日だけだからね」


 ルイズはドレスの裾を恭しく両手で持ち上げると、膝を曲げて才人に一礼した。


「わたくしと一曲踊ってくださいませんこと。ジェントルマン」


 そう言って顔を赤らめるルイズは激しく可愛くて、綺麗で、清楚であった。

 才人はふらふらとルイズの手を取った。


 二人は並んで、ホールへと向かった。





「ダンスなんかしたことねえよ」


 才人が言うと、ルイズは「わたしに合わせて」と言って、才人の手を軽く握った。才人は見よう見まねで、ルイズに合わせて踊りだした。

 ルイズは才人のぎこちない踊りに文句をつけるでなく、澄ました顔でステップを踏んでいる。


「ねえ、サイト。信じてあげるわ」

「なにを?」

「……その、あんたが別の世界から来たってこと」


 ルイズは軽やかに、優雅にステップを踏みながら、そう呟いた。


「なんだよ。信じてなかったのか?」

「今まで、半信半疑だったけど……。でも、あの『破壊の杖』……。あんたの世界の武器なんでしょう。あんなの見たら、信じるしかないじゃない」


 それからルイズは、少し俯いた。


「ねえ、帰りたい?」

「ああ。帰りたい。でも、どうしたら帰れるのか見当もつかねえからな。ま、しばらくは我慢するよ」


 そうよね……、と呟いて、ルイズはしばらく無言で踊り始めた。


 それからルイズはちょっと頬を赤らめると、サイトの顔から目を逸らした。

 そして、思いきったように口を開く。


「ありがとう」


 ルイズが礼など言ったので、才人は驚いた。

 ダンスに俺を誘ったことといい、こいつ、今日はどうかしてやがる。


「その……、フーケのゴーレムに、潰されそうになったとき。助けてくれたじゃない」


 ルイズは何か誤魔化すように、そう呟いた。


 楽士たちが、テンポのいい曲を奏で出した。

 才人は少しずつ、楽しくなってきた。いつか向こうには、絶対帰ってやるけれど……。

 今を楽しむのは悪くない。

 今日のルイズは可愛い。それだけで今は十分な気がした。


「気にすんな。当然だろ」

「どうして?」


「俺はお前の使い魔だろ」


 才人はそう言って、ルイズに笑いかけた。





 そんな様子をバルコニーから眺めていたデルフリンガーが、こそっと呟いた。


「おでれーた!」


 二つの月がホールに月明かりを送り、ロウソクと絡んで幻想的な雰囲気をつくりあげている。


「相棒! てーしたもんだ!」


 踊る相棒とその主人を見つめながら、デルフリンガーは、おでれーた! と繰り返した。


「主人のダンスの相手をつとめる使い魔なんて、初めて見たぜ!」


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ゼロの使い魔/ヤマグチノボル MF文庫J編集部 @mfbunkoj

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