破壊の杖④
学院長室で、オスマン氏は戻った四人の報告を聞いていた。
「ふむ……。ミス・ロングビルが土くれのフーケじゃったとはな……。美人だったもので、なんの疑いもせず秘書に採用してしまった」
「いったい、どこで採用されたんですか?」
隣に控えたコルベールが尋ねた。
「街の居酒屋じゃ。私は客で、彼女は給仕をしておったのだが、ついついこの手がお尻を撫でてしまってな」
「で?」
コルベールが促した。
オスマン氏は照れたように告白した。
「おほん。それでも怒らないので、秘書にならないかと、言ってしまった」
「なんで?」
ほんとに理解できないといった口調でコルベールが尋ねた。
「カァーッ!」
オスマン氏は目をむいて怒鳴った。
年寄りとは思えない迫力だった。
それからオスマン氏は、こほんと咳をして、真顔になった。
「おまけに魔法も使えるというもんでな」
「死んだほうがいいのでは?」
コルベールがぼそっと言った。
オスマン氏は、軽く咳払いをすると、コルベールに向き直り重々しい口調で言った。
「今思えば、あれも魔法学院に潜り込むためのフーケの手じゃったに違いない。居酒屋でくつろぐ私の前に何度もやってきて、愛想よく酒を勧める。魔法学院学院長は男前で痺れます、などと何度も媚を売り売り言いおって……。終いにゃ尻を撫でても怒らない。惚れてる? とか思うじゃろ? なあ? ねえ?」
コルベールは、ついうっかりフーケのその手にやられ、宝物庫の壁の弱点について語ってしまったことを思い出した。
あの一件は自分の胸に秘めておこうと思いつつ、オスマン氏に合わせた。
「そ、そうですな! 美人はただそれだけで、いけない魔法使いですな!」
「そのとおりじゃ! 君はうまいことを言うな! コルベール君!」
才人とルイズ、そしてキュルケとタバサの四人は呆れて、そんな二人の様子を見つめていた。
生徒たちのそんな冷たい視線に気づき、オールド・オスマンは照れたように咳払いをすると、厳しい顔つきをしてみせた。
「さてと、君たちはよくぞフーケを捕まえ、『破壊の杖』を取り返してきた」
誇らしげに、才人を除いた三人が礼をした。
「フーケは、城の衛士に引き渡した。そして『破壊の杖』は、無事に宝物庫に収まった。一件落着じゃ」
オスマン氏は、一人ずつ頭を撫でた。
「君たちの、『シュヴァリエ』の爵位申請を、宮廷に出しておいた。追って沙汰があるじゃろう。といっても、ミス・タバサはすでに『シュヴァリエ』の爵位を持っているから、精霊勲章の授与を申請しておいた」
三人の顔が、ぱあっと輝いた。
「ほんとうですか?」
キュルケが、驚いた声で言った。
「ほんとじゃ。いいのじゃ、君たちは、そのぐらいのことをしたんじゃから」
ルイズは、先ほどから元気がなさそうに立っている才人を見つめた。
「……オールド・オスマン。サイトには、何もないんですか?」
「残念ながら、彼は貴族ではない」
才人は言った。
「何もいらないですよ」
オスマン氏は、ぽんぽんと手を打った。
「さてと、今日の夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。このとおり、『破壊の杖』も戻ってきたし、予定どおり執り行う」
キュルケの顔がぱっと輝いた。
「そうでしたわ! フーケの騒ぎで忘れておりました!」
「今日の舞踏会の主役は君たちじゃ。用意をしてきたまえ。せいぜい、着飾るのじゃぞ」
三人は、礼をするとドアに向かった。
ルイズは、才人をちらっと見つめた。そして、立ち止まる。
「先に行ってていいよ」
才人は言った。
ルイズは心配そうに見つめていたが、頷いて部屋を出て行った。
オスマン氏は才人に向き直った。
「なにか、私に聞きたいことがおありのようじゃな」
才人は頷いた。
「言ってごらんなさい。できるだけ力になろう。君に爵位を授けることはできんが、せめてものお礼じゃ」
それからオスマン氏は、コルベールに退室を促した。
わくわくしながら才人の話を待っていたコルベールは、しぶしぶ部屋を出て行った。
コルベールが出て行ったあと、才人は口を開いた。
「あの『破壊の杖』は、俺が元いた世界の武器です」
オスマン氏の目が光った。
「ふむ。元いた世界とは?」
「俺は、こっちの世界の人間じゃない」
「本当かね?」
「本当です。俺は、あのルイズの『召喚』で、こっちの世界に呼ばれたんです」
「なるほど。そうじゃったか……」
オスマン氏は目を細めた。
「あの『破壊の杖』は、俺たちの世界の武器だ。あれをここに持ってきたのは、誰なんですか?」
オスマン氏は、ため息をついた。
「あれを私にくれたのは、私の命の恩人じゃ」
「その人は、どうしたんですか? その人は、俺と同じ世界の人間です。間違いない」
「死んでしまった。今から、三十年も昔の話じゃ」
「なんですって?」
「三十年前、森を散策していた私は、ワイバーンに襲われた。そこを救ってくれたのが、あの『破壊の杖』の持ち主じゃ。彼は、もう一本の『破壊の杖』で、ワイバーンを吹き飛ばすと、ばったりと倒れおった。怪我をしていたのじゃ。私は彼を学院に運び込み、手厚く看護した。しかし、看護の甲斐なく……」
「死んでしまったんですか?」
オスマン氏は頷いた。
「私は、彼が使った一本を彼の墓に埋め、もう一本を『破壊の杖』と名づけ、宝物庫にしまいこんだ。恩人の形見としてな……」
オスマン氏は遠い目になった。
「彼はベッドの上で、死ぬまでうわごとのように繰り返しておった。『ここはどこだ。元の世界に帰りたい』とな。きっと、彼は君と同じ世界から来たんじゃろうな」
「いったい、誰がこっちにその人を呼んだんですか?」
「それはわからん。どんな方法で彼がこっちの世界にやってきたのか、最後までわからんかった」
「くそ! せっかく手がかりを見つけたと思ったのに!」
才人は嘆いた。
見つけた手がかりは、あっという間に消えてしまった。
おそらく彼は、どこかの国の兵隊だったのだろう。
どうやってこっちの世界にやってきたのだろう。
知りたかったが、今となっては知る術はない。
オスマン氏は、次に才人の左手を掴んだ。
「おぬしのこのルーン……」
「ええ。こいつも聞きたかった。この文字が光ると、何故か武器を自在に使えるようになるんです。剣だけじゃなく、俺の世界の武器まで……」
オスマン氏は、話そうかどうかしばし悩んだあと、口を開いた。
「……これなら知っておるよ。ガンダールヴの印じゃ。伝説の使い魔の印じゃよ」
「伝説の使い魔の印?」
「そうじゃ。その伝説の使い魔はありとあらゆる『武器』を使いこなしたそうじゃ。『破壊の杖』を使えたのも、そのおかげじゃろう」
才人は首をかしげた。
「……どうして、俺がその伝説の使い魔なんかに?」
「わからん」オスマン氏はきっぱりと言った。
「わからんことばっかりだ」
「すまんの。ただ、もしかしたら、おぬしがこっちの世界にやってきたことと、そのガンダールヴの印は、なにか関係しているのかもしれん」
「はぁ……」
才人はため息をついた。
このじいさんなら、何か有益なことが聞けるかと思ったのに、すっかりあてが外れてしまった。
「力になれんですまんの。ただ、これだけは言っておく。私はおぬしの味方じゃ。ガンダールヴよ」
オスマン氏はそういうと、才人を抱きしめた。
「よくぞ、恩人の杖を取り戻してくれた。改めて礼を言うぞ」
「いえ……」才人は疲れた声で返事をした。
「おぬしがどういう理屈で、こっちの世界にやってきたのか、私なりに調べるつもりじゃ。でも……」
「でも、なんです?」
「何もわからなくても、恨まんでくれよ。なあに。こっちの世界も住めば都じゃ。嫁さんだって探してやる」
才人は再びため息をついた。
帰れる手がかりを見つけたと思ったのに、簡単にそれが指の間からすり抜けてしまったのだ。
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