破壊の杖③




「サイト!」


 ルイズは上昇する風竜の上から飛び降りようとした。

 タバサがその体を抱きかかえる。


「サイトを助けて!」


 ルイズは怒鳴った。

 タバサは首を振った。


「近寄れない」


 近寄ろうとすると、やたらとゴーレムが拳を振り回すので、タバサは才人に使い魔を近づけることができないのだった。


「サイト!」


 ルイズは再び怒鳴った。才人が剣を構えて、ゴーレムに対峙しているのが見えた。





 ゴーレムの拳がうなりをあげて飛んでくる。

 拳は途中で鋼鉄の塊に変わる。


 才人は剣で受け止めた。


 ガキーンと鈍い音がして、剣が根元から折れる。


 才人は呆然とした。

 何がゲルマニアの錬金術師シュペー卿が鍛えし業物だよ! ナマクラじゃねえか!


 ゴーレムの拳がうなる。

 才人は跳んでそれをかわした。


 ゴーレムから逃げ回るサイトを見て、風竜の上、ルイズは舌打ちした。





 ルイズは苦戦する才人を、はらはらしながら見つめていた。

 なんとか自分が手伝える方法はないのだろうか?

 そのとき、タバサが抱えた『破壊の杖』に気づいた。


「タバサ! それを!」


 タバサは頷いて、ルイズに『破壊の杖』を手渡す。


 奇妙な形をしている。こんなマジックアイテム見たことない。


 しかし、自分の魔法はあてにならない。

 今はこれしか頼れない。


 才人の姿を見た。


 ルイズは深呼吸した。

 それから目を見開く。


「タバサ! わたしに『レビテーション』をお願い!」


 そう怒鳴って、ルイズはドラゴンの上から地面に身を躍らせた。

 タバサは慌ててルイズに呪文をかけた。


『レビテーション』の呪文で、地面にゆっくりと降り立ったルイズは、才人と戦っている巨大な土ゴーレムめがけて、『破壊の杖』振った。


 しかし、何も起こらない。

 『破壊の杖』は沈黙したままだ。


「ほんとに魔法の杖なの! これ!」ルイズは怒鳴った。


 込められた魔法を発動させるためには、何か条件が必要なのだろうか?





 才人は、ルイズが地面に降り立ったのを見て、舌打ちをした。

 あのはねっかえりときたら! 風竜の上でおとなしくしてればいいのに!


 しかし、ルイズが持った『破壊の杖』が目に留まる。

 どうやら、ルイズはそいつの使い方がわからないらしく、もたもたしている。


 才人はルイズめがけて駆け出した。

 あれなら……、このゴーレムを倒せるかもしれない!


「サイト!」


 駆け寄った才人にルイズが叫ぶ。

 才人はルイズの手から、『破壊の杖』を奪い取った。


「使い方が、わかんない!」

「これはな……、こう使うんだ」


 才人は『破壊の杖』を掴むと、安全ピンを引き抜いた。

 リアカバーを引き出す。インナーチューブをスライドさせた。


 ……どうして自分はこんなものを扱えるのだろう?


 でも、今は悩んでいるときではない。

 チューブに立てられた照尺を立てる。


 そんな様子を、ルイズは唖然として見つめている。


 才人は『破壊の杖』を肩にかけると、フロントサイトをゴーレムに合わせる。

 ほぼ、直接照準だ。距離が近い。

 もしかしたら、安全装置が働いて、命中しても爆発しないかもしれない。


 ままよ、と思い、ルイズに怒鳴った。


「後ろに立つな。噴射ガスがいく」


 ルイズは慌てて体を逸らせた。


 ゴーレムが、ずしんずしんと地響きを立て、才人たちに迫る。


 安全装置を解き、トリガーを押した。


 しゅっぽっと栓抜きのような音がして、白煙を引きながら羽をつけたロケット状のものがゴーレムに吸い込まれる。


 そして、狙いたがわずゴーレムに命中した。


 吸い込まれた弾頭が、ゴーレムの体にめり込み、そこで信管を作動させ爆発する。


 才人は思わず目をつむった。


 耳をつんざくような爆音が響き、ゴーレムの上半身がばらばらに飛び散った。

 土の塊が雨のように辺りに降り注ぐ。


 才人はゆっくりと目を開いた。


 白い煙の中、ゴーレムの下半身だけが立っていた。

 下半身だけになったゴーレムは一歩前に踏み出そうとしたが……。

 がくっと膝が折れ、そのまま動かなくなった。


 そして、滝のように腰の部分から崩れ落ち……、ただの土の塊へと還っていく。


 この前と同じように、後には土の小山が残された。


 ルイズはその様子を呆然として見つめていたが、腰が抜けたのかへなへなと地面に崩れ落ちた。


 木陰に隠れていたキュルケが駆け寄ってくるのが見えた。

 才人はため息をついて立ち尽くした。





 キュルケが抱きついてきた。


「サイト! すごいわ! やっぱりダーリンね!」


 ウィンドドラゴンから降りたタバサが、崩れ落ちたフーケのゴーレムを見つめながら、呟いた。


「フーケはどこ?」


 全員は、一斉にはっとした。

 辺りを偵察に行っていたミス・ロングビルが茂みの中から現れた。


「ミス・ロングビル! フーケはどこからあのゴーレムを操っていたのかしら」


 キュルケがそう尋ねると、ミス・ロングビルはわからないというように首を振った。


 四人は、盛り上がった土の小山の中を探し始めた。

 才人はその様子を、放心したように見つめていた。

 それから『破壊の杖』を見つめる。

 なんでコイツがこの世界に……、とぼんやりと思う。


 すっとミス・ロングビルの手が伸びて、放心した才人の手から『破壊の杖』を取り上げた。


「ロングビルさん?」才人は怪訝に思って、ミス・ロングビルの顔を見つめた。


 ミス・ロングビルはすっと遠のくと、四人に『破壊の杖』を突きつけた。


「ご苦労様」

「ミス・ロングビル!」


 キュルケが叫んだ。


「どういうことですか?」


 ルイズも唖然として、ミス・ロングビルを見つめていた。


「さっきのゴーレムを操っていたのは、わたし」

「え、じゃあ……、あなたが……」


 目の前の女性はメガネを外した。

 優しそうだった目が吊り上がり、猛禽類のような目つきに変わる。


「そう。『土くれ』のフーケ。さすがは『破壊の杖』ね。私のゴーレムがばらばらじゃないの!」


 フーケは、さっき才人がしたように、『破壊の杖』を肩にかけ、四人に狙いをつけた。


 タバサが杖を振ろうとした。


「おっと。動かないで? 破壊の杖は、ぴったりあなたたちを狙っているわ。全員、杖を遠くに投げなさい」


 しかたなく、ルイズたちは杖を放り投げた。

 これでもう、メイジは魔法を唱えることができないのだ。


「そこのすばしこい使い魔君は、その折れた剣を投げなさい。あんたは武器を握ってると、どうやらすばしこくなるみたいだから」


 才人は言われたとおりにした。


「どうして!?」ルイズがそう怒鳴るとフーケは、

「そうね、ちゃんと説明しなくちゃ死にきれないでしょうから……。説明してあげる」


 と言って、妖艶な笑みを浮かべた。


「私ね、この『破壊の杖』を奪ったのはいいけれど、使い方がわからなかったのよ」

「使い方?」

「ええ。どうやら、振っても、魔法をかけても、この杖はうんともすんともいわないんだもの。困ってたわ。持っていても、使い方がわからないんじゃ、宝の持ち腐れ。そうでしょ?」


 ルイズが飛び出そうとした。才人はその肩に手を置いた。


「サイト!」

「言わせてやれ」

「随分と物わかりのいい、使い魔だこと。じゃあ、続けさせてもらうわね。使い方がわからなかった私は、あなたたちに、これを使わせて、使い方を知ろうと考えたのよ」

「それで、あたしたちをここまで連れてきたってわけね」

「そうよ。魔法学院の者だったら、知っててもおかしくないでしょう?」

「わたしたちの誰も、知らなかったらどうするつもりだったの?」

「そのときは、全員ゴーレムで踏み潰して、次の連中を連れてくるわよ。でも、その手間は省けたみたいね。こうやって、きちんと使い方を教えてくれたじゃない」


 フーケは笑った。


「じゃあ、お礼を言うわ。短い間だけど、楽しかった。さよなら」


 キュルケは観念して目をつむった。

 タバサも目をつむった。

 ルイズも目をつむった。

 才人は、目をつむらなかった。


「勇気があるのね」

「いや、ちょっと違う」


 才人は剣を拾い上げた。

 フーケは咄嗟に、才人がしたように『破壊の杖』のスイッチを押した。


 しかし、先ほどのような魔法は飛び出さない。


「な、どうして!」


 フーケはもう一度、スイッチを押した。


「それは単発なんだよ。魔法なんか出やしない」

「た、単発? どういう意味よ!」


 フーケは怒鳴った。


「言ってもわからんだろうが、そいつはこっちの世界の魔法の杖なんかじゃない」

「なんですって!」


 フーケは『破壊の杖』を放り投げると、杖を握ろうとした。

 才人は電光石火で駆け寄り、フーケの腹に剣の柄をめり込ませた。


「そいつは、俺たちの世界の武器だ。えっと確か『M72ロケットランチャー』とかいったかな」


 フーケは地面に崩れ落ちた。

 才人は『破壊の杖』を拾い上げた。


「サイト?」


 ルイズたちは目を丸くして才人を見つめていた。


 才人は言った。


「フーケを捕まえて、『破壊の杖』を取り戻したぜ」


 ルイズ、キュルケ、タバサは顔を見合わせると、才人に駆け寄った。


 才人は複雑な気持ちで、三人と抱擁しあった。





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