担当「前から思ってたんですけど、一人称が安定してませんよね」
葉村「あー、我輩の中には我輩以外に三人の我輩がいるからね。我輩、ぼく、おれ、わたし、でそれぞれ一人称が違うんだよ。詳しく聞きたい?」
担当「いいえ、むしろ聞きたくないです」
葉村「まず我輩なんだけど、我輩たちの中ではリーダー的な立場にあって嵐の夜に生まれた(中略)と名乗ることも――」
担当「話したいだけかい!」
さーて、役に立つようで役に立たないけどちょっとは役に立つかもしれない中世ファンタジーコラムのお時間です。
今回はみんな大好き、白くて柔らかくてほんのり甘い香りがするアレの話をしようと思います。
そうです、パンですね。
いきなり前言を翻しますが白くて柔らかいだけがパンではありません。
パンには地域の特色が大きく出ます。大雑把に言うと、温かいところでは小麦を主原料にした白パンがメインとなり寒いところではライ麦から作る黒パンがメインになります。
無論、それ以外の雑穀を利用したパンも多く存在しますし、雑穀を混ぜてかさを増したパンもあります。
さらにパンを焼くための燃料(薪)が豊富にあるか否かでパンの形が変わります。概して燃料が豊富にあれば大きく膨らんだパン(現代で言う食パンやフランスパン)、燃料に乏しい地域であれば薄く平たいパン(インドのチャパティなど)になります。
燃料が豊富にあっても手軽に手早く焼ける薄焼きパンを作る例などもあるため絶対にこれが正しいわけではありませんが、パン一つである程度そこがどういう土地であるのかわかってしまうわけです。
さらに言えば、どんなパンを食べるかである程度の社会的階級まで判断が出来ます。
小麦百パーセントの白パンは高級品で、黒パンは庶民の食べ物で、雑穀を混ぜてかさ増ししたパンは貧民の食べ物といった具合ですね。
なんだか夢のない話をしていますが、夢のない話はもっと続きます。
パンのもう一つの重要な役割、それが『皿』です。
十六世紀頃までは、一週間ほど置いて硬くなった平たく薄いパン『トランショワール』を文字通り皿として使っていました。使い終わった、つまり肉汁やソースなどが染みついたパン皿は、庶民への施しや犬の餌などに使われたそうです。
当たり前ですが、食器そのものが発明されていなかったわけではありません。
ぶっちゃけ理由は宗教的なものですね。
食器を汚すのはいけないことだ、とされていました。
例外はスープ皿ぐらいです。さすがにこれは皿がないと飲めませんからね。
やはり宗教的な理由『食べ物は神の恵みなんだから、人間の作った道具とか使っちゃダメ!』でスプーンがアウトだった時代も短いながらあります。
ついでに言えばフォークなんて十一世紀頃まで存在していませんでした。おまけに普及したのは十六世紀も後半です。いわゆるナイフとフォークの組み合わせが一般化したのは十八世紀です。
なんでそこまで嫌われたのかというと、フォークの鋭く尖った先端が武器を連想させて食卓には相応しくない、とされていたからですね。
ナイフは良いのか?
ナイフは身近な道具だから良いんです。
じゃあどうやって食事をしていたのか?
決まってるでしょう、手づかみだよ。
そう、現実の中世を下敷きにした中世ファンタジー世界の基本は手づかみ!
大皿の料理を手づかみ! パン皿にとった料理を手づかみ! 手についたソースは舐めるかふき取る! スープは皿に直接口をつけてぐびー!
これが『正しい』中世ファンタジー世界での食事風景だ!
高貴な姫君も、清楚な女司祭も、ミステリアスな女エルフも、みんな手づかみ!
指先にソースの染みがついていて、舐めるとちょっぴりソースの味が――
やっぱ現実ってクソだわ。
あ、でも、ちょっと悪くないかもしれない、いや、うん、どうだろう。
はい、ちょっと考えたい疑問が湧いてしまったので今日はここまでにします。
正しいことが必ずしも良いことではないぞという話でした。
パンは乾かすと鈍器として使えそうなぐらい硬くなるということで、次回は鉄というか武器の話をしようと思います。
『調べた事実が使えないときは容赦なく捻じ曲げる』葉村哲