あんまりこだわんない方が良いんすかね?
ああ、たぶんどっちでも良いし、どうでも良い事だとは思うんすけど、それをやることによって「くどい」だとか「神経質」だとか「一周回って頭が悪い」みたいなイメージ持たれたりしないかなーって、自分の書いた文章を読み直して思ったりします。
僕の作品でよく出てくるのが「言う」と「云う」ですね。
自分で何かを言う時は「言う」、
誰かが言ってた事を引用する時は「云う」、
みたいな使い分け。
正しい日本語や間違った日本語と「云う」モノは、他人や自分が使い続けてれば、その境目はかなり曖昧になって「別にそんなのどうでも良いじゃん!」って「言い」たくなる自分がいます。
ですのでその他の曖昧な言葉は、敢えて平仮名にしてる事も多いです。
階段を「上る」「登る」「昇る」と、
階段を「下りる」「降りる」とかも、けっこう考えます。
階段を一段一段「上って」行くと、気づけば最上階まで「登って」おり、まるでエスカレーターで「昇って」いるように錯覚する事もあります。
一度登り切った階段から元の場所へ戻るためには当然、階段を「降りる」必要があるのですが、それを細かく分けるとなると、やはり一段一段「下りなければ」ならないのです。
ホラ、なんかややこしくて、くどく見えちゃいません?
この先も、そういう表現が沢山出てきますが、それは単に「作者の一人遊び」の一環である為、皆さんには生温かい眼で、生暖かく見守って欲しいなぁとか想います。
https://kakuyomu.jp/works/16817330648221430024