• に登録
  • SF
  • エッセイ・ノンフィクション

巡礼の道

8/15


今日は特にどこにも行かず。
お買い物して、浴場行って、川辺を散歩したらもう秋の虫が鳴いていることに驚いて、風を切りながら車を運転して、ちょっと人里から離れた場所に寄って、夕方から夜にかけてぼんやり湖のたもとに座り込んで今日一日を終えます。


全部嘘です。





嘘つき地蔵というものがあって、彼らは双子の地蔵尊であり片方は本当のことだけ言う、もう片方は嘘しか言わない二人組の地蔵尊だ。
彼らは巡礼街道という小さな獣道(実際は人が通っている道だが人も少なく幅もないのでほぼほぼ獣道にしか見えない)の一角にぽつんと佇んでおり、行き来する人々が誤った道へ迷い込まないようその行き手を見守っている。
ただし彼らは、嘘つきと正直者なので、巡礼者たちが何かを聞いたが最後、旅人に向かって嘘と本当の言葉を同時に示すのである。
だから巡礼者たちはこの地蔵尊にもう何も聞かないし、会釈をしてにこにこ笑って通り過ぎていく。
白い団子や果物、小銭などをお供物として備えていく旅人もいるが、地蔵尊は生き物ではないのでそれらお供物には興味がなかった。

最近は、巡礼とは関係のない遊び人たちがこの巡礼街道周辺に集まるようになり、観光名所として近くの浜を皆に宣伝しているようだった。実際この地はいい場所で、私が今いる場所も若い人たちが結構いる。昨日までいた墓場や斎場とはえらい違いだ。
ただ嘘つき地蔵尊は相変わらず道端に立っているが、周りが明るすぎて、地蔵尊の立っている場所が暗すぎて誰の目にもとまらないようになっていた。
巡礼街道はいつしか巡礼のための道ではなくなっており、今まで誤った道だった道の先にはコンビニが、別の誤った道の先には倉庫が、スーパーや家が連なるようになっていて、そもそも巡礼街道だけを歩いていては目的地にもたどり着けないような、非常にゴミゴミとした、活気のある町になってきていた。

地蔵尊は相変わらず喋らない。
ただ私が行くべき道を問うと。

地蔵は、道を示さなかった。
道の答えは無言らしい。

コメント

コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する