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日記(数日分をまとめて投稿)

12/6
地下の世界は外の雑多な情報から完全に隔離されており、縦400メートル、幅200メートル、奥行き数キロ四方の内側だけに存在する珍しい情報だけが生きていた。
これら地下世界の情報たちは外の情報たちと違い、反響と分裂を使って個体数を増やす戦略をとっているようだ。だが外の世界の情報たちは、たとえばインターネット、テレビ、人のうわさ言葉を介して、1が2、2が3などのように比較的ゆっくりと変化しながら高速かつ遠くへ、発射個数も無限に限りなく近い状態で全方位に同時に飛び出していくのに対し、地下世界の情報たちは1が1000、1000は10000などのように圧倒的な変化力を持って周囲に拡散する。しかし面白いのは、地下世界に存在している情報たちは外の情報たちと違って早さや遠くへの伝播力などはほとんど持っていないようだった。
外の世界の情報たちはほとんど似たような物が何十億個と同時に全方向へ散らばっていくのに対し、地下世界の情報たちは多様性に富んだ固有の情報たちが、お互いのテリトリーを侵食することなく生き合っている。しかも情報の流入量は、外部と隔絶されているのでその量も圧倒的に少ない。


12/7

地下世界で妙な生き物を見かけた。
ケーシングと呼ばれる大きな空洞内で作業をしていると、配管伝いにカサカサと音がした。誰かいるのかと思って見上げたら、身長の高い大男くらいの背丈の誰かが、じっとこちらを見ていた。だが私が彼の目と目があった途端、彼は目を閉じカサカサと音を立ててどこかに消えていった。
妙だと思ったのは、ケーシングという場所は背が低くないと入れない場所なのだ。頭上や階下を行き来している配管の隙間にでも潜り込まないと、あんなところには誰も行けない。


12/8

今日は変なことは起きていない。
強いて言うなら、外から持ち込んだ電動工具類がなぜか一斉に壊れたことだ。作業員たちの道具の使い方が荒いのは分かるが、まるで道具を地面に思い切り叩きつけたかのような壊れ方だ。

あとたまに、牛が呻くような異音が配管の奥から聞こえるようになった。もしかしたら3号モーターが壊れているのかもしれない。あとで上司に報告してみよう。

12/9

今日はやたら上司が不機嫌だ。何かあるたびに周りに当たり散らしている。
でもその言葉の端々には、どうも上司は何か得体の知れない悪口を影で言われているらしくてそれが原因で怒っているように見えた。

悪口は俺には聞こえないが、地下で作業をしているとなんだか変な気分になってくることがある。近くで誰かが作業をしている時はまだいいが、それが離れていったり、作業場に自分一人になったりすると途端に、なんというか、心の体の一端に何かが入り込もうとしてくるような感覚を覚える。
たまに誰かが悲鳴のような、奇声のような声だか音高を出すと、その音が何十倍にも反響して周りから自分の耳を襲ってくる。外では味わえない感覚だが、音圧がものすごい。

まるで近くのどこかに化け物でもいるみたいだ。
地下水の溜まり場で顔でも洗うことにしよう。


12/10

ここ最近はずっと建物の一階にいる。この建物の一階は「エントランスがある階」なので、ここもとうぜん地下だ。
外の光は一切拝めないが、地下の怪しい声を聞く機会も滅多にない。ただ、機械の唸りとたまに階下から上がってくる作業員たちの話し声が聞こえてくる程度だ。

一人になる瞬間がある。機械がモーターを回し続ける轟音。コンクリートの床が機械に共鳴するかのように低い波長の微振動を続け、機械の方もまるで終わりがないかのように歯車を回し続ける。
アクチュエーターがノズルスイッチを入れ、流体が下から上へと運ばれていく。
これは、昼間の地下の日常だ。人がいるから、機械も動く。人が働き機械も仕事をする。これが夕方、夜を迎えるとまた違う者たちがこの世界を支配する。

一つの声で幾つもの叫びを上げる者。パイプの編み籠の上に巣喰い、昼間は隠れて夜動き出す彼は。

■■■■

12/14

炭鉱町から炭鉱前の待ち合い場所でのひととき。
地下の世界と地上の世界は本当に違うんだなとはっきり思った。
外では、特に明るい時間の世界では、物事がはっきりと見えすぎる。それが良いかどうかは分からない。

私にとっては良くないことかもしれない。自分の創作の動機が、孤独と不安を紛れさせることだったのかもしれないなんてそんな事考えたくも無かった。
まるで脳みそだけで宇宙空間を漂流していて、外宇宙の眩い恒星を見かけたら、届くはずもない腕を伸ばしてそれを手に入れようとするような。
それが私にとっての、創作だったなんて。

今じゃ創作以外でなんとか不安を抑えようとしているが、それが正しいかどうかなんて全然分からない。

欲しい欲しいアレが欲しいコレが欲しいと腕を伸ばす、巨大な赤ん坊のバケモノじみた存在は、とてもイヤだし寂しいな。。。


外の世界はこう言うのが見えて困る。
地下の化物が懐かしい。
あそこには、千の自分の声しか聞こえない。


追記

水はいいなあ。
水はなんでも洗い流してくれる。
水を見ているとほっとする。

地下水はダメだ。飲むと確かに美味しいけれど、冷たい。
私にとって地下水は身近すぎる。


不安、切望、瞼を閉じたつもりでも自分の眼は真っ赤に充血しながら深淵の光りを羨ましげに見つめ続け、それを必死に抑えながら歓びと希望の歌を口ずさみ口ずさみつつ自分に言い聞かせているうちに、それが狂気となって周辺領域に戦慄と音階となって刻まれる。
そんな夢を見ながら微睡んでいることを望む。
夢と覚醒の間に魂を置いて自由になるための切符は、アルコールしか持っていない。
胸を切り裂きたいのだ。

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