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満月の下でワルツを踊る人たちを見た

ミューズのお友達の一人……名前はなんと言ったかな。彼女は自分の名前を名乗りたくないと言っているが、まあ彼女の特徴を便宜的に説明すると、旅が好きで、大荷物を持ってあっちこっちのあらゆるところに神出鬼没で、いたずら好きで、趣味は「自分にはぜんぜん関係のない人の宴会場に黙って紛れ込んで、まるで関係者のように振る舞いながらお食事をたくさんいただいて黙って帰る」という、ちょっと変なやつだ。
しかも住処は、そこらへんの大きな木の枝の上なんだという。


で、そいつ曰く。
このまえ、月夜の下でワルツを踊る少女? 女性を見かけたらしい。
当然のように彼女は他人の晩餐会に紛れ込んでいる場面で、さあ手に入れた料理をごっそり食うぞと気構えながら出窓の外に出た時に、そんな光景を見たらしい。




あの顔はさっきどこかで見たよなあ、と彼女は思って鳥の太ももに齧り付いていたけれど、その顔は先ほどシャンデリアの光の下で見た見かけだけど笑顔よりずっと綺麗だったし、儚げなようにも、雲の隙間から刺す月の光よりもずっと真っ直ぐでしっかりしているようにも見えた。
ここまでは彼女の感想だった。

窓が開いて、この謎の少女をずっと見ていたらしい人間……彼女曰く、知らないおっさんが、彼女の隣に立って、彼女に話しかけるような独り言を言った。
「美しいワルツですよね」
「そうか?」
彼女はおっさんに言った。
「あの子が美しいと思うなら、男ならあの人に声をかけてやって、一緒に踊りませんかって言えばいいじゃないか」
「私なんかじゃあの人にお声がけするのは分不相応ですよ。第一、彼女のワルツは彼女にしか踊れない。彼女の踊る満月のワルツは、私にとっては、こうやって遠くから見ていることしかできないものなのです」
「そういうものなのか」
彼女は別に興味なかった。知らないおっさんが窓を乗り越えてわざわざ自分に話しかけてきたので、黙って盗み食いしている現場を見られたくまいと躊躇しているのもある。
彼女は、飯を食べたいのだ。

なので彼女はおっさんと一緒に、月の下で一人で踊る女のワルツを見ることになった。
後ろからは相変わらず、男と女の楽しそうな声と、食器や、あるいは何かの巻物か、布ずれか、そこらへんの雑多な音が聞こえ続けている。

彼女は月の下の少女の踊りに見入っているおっさんに気付かれないように、そっとその場を抜け出して階下の別の出窓に飛び降りた。
今日の収穫は、一本の食べかけの鳥の太ももだけ。
こんなのだけで残りの数ヶ月を食い繋ぐのは難しいなあと、彼女は頭を抱えたらしい。
ミューズは、そんなことばかりしている彼女の愚痴やおもしろ小噺が大好きだった。

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