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ここは今。今は昔。昔は遠く彼方にあるが今でも昔は足元のすぐ後ろに立っている。
その影は、昔のことをよく覚えていた。今が前を見ているとき、影はいつだって後ろを向いているのだ。
そんな影が語った、遠いむかしの話。
とある辺鄙な国の大通りを、ひとりの少女が旅をしていた。その時の少女は身の丈以上の大荷物を背中に担いでいて、旅には似合わないドレス姿で(影は服飾の知識がなかった。ヒラヒラの服はすべてドレスと言っていた。私がそれを問うと影は困ったように笑って誤魔化すのだった)、特に夕方と夜の間の時間帯を特によく好み、風を追いかけ、木の枝を寝床に妖精と語り合い、時には神とも友達になって、気ままにあちこちを歩き回るのであった。
そんな少女に嫌いなやつがいた。
卑劣と傲慢である。片方はガリガリののっぽ、もう片方は太っちょの大男。二人はいつもは別々にいるのだが、よく一緒にいることも多かった。
二人は兄弟か何かなのかな、と少女は思っていたが違うようだった。ただ確かなのは、少女が旅する街の先々にこの二人は必ずいることだった。
しかもタチの悪いことに二人は、気がついたら少女のすぐ目の前にいることだった。
少女は自分が気づかないうちに度の合っていない色メガネでも付けているのかと自分を疑った。
少女は試しにメガネを外してみた。目を細めてよく見ても特に何も見えないので、少女はまたメガネを掛け直した。
そして改めてのっぽと太っちょの二人組、卑劣と傲慢に……近くに来ないでほしいとお願いした。
そしたら、二人から帰ってきた答えはこうだ。
「おまえがいるから俺たちはここにいてやっているんだ」
少女は二人に足元のリンゴでも投げつけてやろうとしこたま思ったが、刑法で裁かれるのが嫌なのでそっぽを向いた。するとそこにも……
二人がいるのだった。
諦めたように半笑いの顔の影曰く。
彼女はまだどこかにいて、そのどこかを旅している。今もその二人に飽き飽きしながら、その二人を追いかけながら追いかけられているそうだ。
そうだろうなと私も思ったが、私も彼女の旅の無事を祈った。