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足のないお友達はお怒りのようです

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じめじめと蒸す夜だった。
いつも寝泊まりしている古井戸脇の小さな庵に引きこもって筆をとると、突然大雨が降り出した。
最初はぽつぽつと小粒の水が足下に落ちてくる程度だったが、そのうちざあざあと水飛沫が壁を通り越して体にかかるくらいの勢いのあるものへと変わった。

その瞬間、虫の鳴き声が止まったのを記憶している。
誰かが庵の外に立っているのに私は気がついた。


この古井戸には、何かがいる。
近くに住む男たちが私に言って聞かせてくれたものだが、では何をどうすればいいのかとか、どう気をつければいいのかとかは一切教えてくれず、ただ面白半分に出るぞ出るぞと言って笑うだけなのだ。
最初は半信半疑でいたのだが、実際に怪異が起こりだすので私も「それの存在」を認めることにした。
もともとこの古井戸が古井戸であることを見つけたのは私で、しかもこの庵、建物の中心から見て鬼門の方向に件の古井戸があると言うのだからタチが悪い。と思って、私は古井戸の蓋の上に大量の塩と日本酒を一斗缶ごと飲ませてやったのがだいたい半月ほど前のことである。

念には念をと言うことで、庵の前に「幽霊、亡霊の立ち入りを禁ず」「生きてて楽しいことはあるか?」という札を立てておいたら、霊障はその日からピタリとやんだ。
だが雨が降り出すと井戸の上の盛り塩は溶け、あれだけ飲ませてやった酒のアルコールもさすがに抜けてくるものらしい。

庵の前に、いるのだ。
恨めしそうな目でこちらを見ているそいつが。

捻くれている私は庵の外の札を差した。だがそいつは、私が差した札をじぃーっと見たかと思うと、お札の一部をビリビリと破き出した。

「生きていて楽しいことはあるか?」
この部分が特に気に食わないらしい。

私は酒を飲んだ。

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