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『赤色の薬を飲めば現実に戻れる。青色の薬を飲めば夜の世界に行ける』
などという親切な説明はなく、メモには単に『Eat ME!(私を食べて!)』という走り書きが書いてあって、二人がけの横長ソファと対になるよう置かれた机の上に、飴は籠と共に置かれていた。
飴を舐めても特に変化はなく、私はどっかとソファに座り込んだ。それからすぐに、私は意識が混濁していく。
混濁した意識の中で飴と一緒に飲んだ赤色のシロップがまずかったかなと思ったが、意識の混濁は止まらないまま、液体の中の渦に飲み込まれていくように、私は海の底に吸い込まれていった。
海だから当然のように朧げな魚たちがいるし、いないかもしれないし。
綿飴か雲のようなものがあたり一帯を渦巻いていて、酩酊した意識は透明なイルカたちの群れと共にどこかを泳いでいた。
私は空を飛んでいた。
背中には対になった翼を持ち、単発式の外燃機関エンジンを背負ってスラスタを吹かして空を飛んでいた。
眼下には見覚えのある甲府の市街地が見えて、見覚えのある中央線や駅前の小さなビル群、大きく蛇行した川、山や谷、それらを縫うように走る高速道路やジャンクションが見て取れる。
ああ、これは夢なんだなと確信した。あの日あの頃の思い出の中を、自分はきっと夢の中で思い返して飛んでいるんだと、私は翼のエルロンを羽ばたかせながら感じていた。
透明魚や歌を歌うイルカの姿はなく、周りには高高度ゆえか雲の切れ端が風に流されて細かい筋のようになって流されている。
肩にはバズーカを持っていた。
私はバズーカを二つ、両肩に担いでいた。
ミサイルランチャーも持っている。なぜなのかは分からないが、私は思い出を壊さなければいけないと思った。
躊躇うことなくバズーカを構えて眼下の適当な場所を撃つ。
するとそこは、たまたまただの山のがれ場だったのが、バズーカの弾頭が当たって炸裂した途端に、六角形の形に崩れて周りを巻き込んで弾けた。
ああ、これは夢なんだ。
私は悪い夢を見ているんだ。
六角形に崩れる世界線を傍目に見ながら、私はありったけの武器弾薬をそこらじゅうに乱射しまくった。
思い出や夢を壊すことほど背徳的な行為はない。
自分のアイデンティティ、存在意義、過去、過去に積み上げた自分自身を全て壊し切ることほど、こんなに辛くて切ないことはない。
自分はきっと夢を見ているんだ。
悪い夢を見ているんだ。
そう思っているうちに目の前を再び雲が流れるようになっていき、世界は白く、ただ白くて何もない世界にフェードアウトしていった。
ふたたび何もない世界を、私は飛んでいた。
私は赤色のシロップをふたたび飲んだ。
甘くて、ただただ甘い、ガムシロップのような甘さだった。
そうして意識はふたたび混濁していく。
前後不覚に。
この世と現在と過去と、自己自他の境界線も、すべての線引きが曖昧に。
私はとんでもないところに、来ているような気がする。
でも止まらない。どうすれば私の現実は止まってくれるんだ。