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酒のまわらない国

9/28


今日もしこたま飲んだ。
これからもしこたま飲むんだ。
飲まなきゃやってられねえ。正気を保ったままなんかで、小説なんか書いていられるか。

誰も読まねえこんな小説もどきを? 誰が好きこのんで読んだりするもんか!


怒れる男はそう叫ぶと、この酒屋で一番安い労働者向けの酒が並々と注がれたカップを掴んで、中身を思い切り口の中に流し込んだ。

私も同意見だ。
彼と私はとても長い付き合いだし、お互いがお互いのことを知らないことは、まあ殆どないだろう。

酒場の歌歌いが気だるそうに北欧の歌を歌い、他の客たちは静かに彼女の歌を聴いている。
もちろん自分たちはスタンド席の方に座っているので歌歌いの顔は見えないが、安酒が喉の奥をカッと熱くして、脳の中に白くてぼんやりしたものを広げていくと、歌歌いの歌う気だるい歌声が必要以上に耳の奥まで届いた。
普段ならどこかの雑音とか、あるいは歌手の歌だと思って聞くか聞かないかはっきりと分けているものが、意識がそうなのか酒がそうさせているのか、とにかく意識も歌につられて気だるくなっていくのだ。

酒場の外には不毛の土地が広がり、ここら一帯は昔から続いている戦争のせいで草もまともに育たなくなっていた。
それでも我々が生きていられるのは、酒があるからだ。

酒が無ければ、現実に震え上がって凍死しているだろう。
酒だけが正義だ。酒こそがこの世の真理だ。

そうでも思わないと、本当に生きていけないのだ。

作家さんだか何かの批評家様だか知らないが、男はすっかり酔っ払ってしまい目が死んでいる。
私は彼の財布を盗み出すと、そっと金を入れてまたポケットに戻し、代わりにポケットからタバコを盗んで一本失敬した。


今日は少し酔いが悪いかもしれない。
もう少し悪い酒を飲もうか。

だから私はマスターに、この店で一番まずい酒を注文した。
気怠く、救いのない歌はまだ続く。

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