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砂と記憶の国

9/10


今日は昨日のことをまとめようと思う。
彼女は私が出会った人の中では、とても遠いところの人だ。

彼女は砂漠の民の末裔だ。
彼の地は川の灌漑が進み、肥沃で広大な平地には農地を再開発して建てた大きな郊外地区があるらしい。
彼女の生まれは、そんな郊外の中にあるとあるコンクリート造りの建物の一室だ。



その昔、その地には砂漠とオアシスと、牧畜、文化、詩と歌と宗教、それらを手にする砂漠の民がいた。
彼らが歴史書に初めて書かれたのは今から7000年前。
彼らの歴史はとても古く、この広大な砂漠とオアシスは今よりもっと広くて、流れる川の水量も今よりずっと多く、湿地帯には渡鳥が棲みつき、田畑とほったて小屋、農業従事者がせっせと、、、ホップによく似た大粒の稲科植物を育てて粉にして、無発酵の硬いパンに加工して、車輪付きの荷車に載せてロバを使って町に引かせて運んでいた。
この地は世界で最初に「文明」が発見された土地である。

当時の彼らは今の私たちとは全然違う言語を使っていた。
宗教も、どことなく今の私たちの宗教のようで、例えば彼らの神様は、川にも、稲にも荷車にもロバの心臓にも宿っていた。

川を行き交う小型の船は日々変わる川底の砂地を、亀の神と信じて、行商の小舟が亀を怒らせて転覆しないようにと、常日頃から亀を大事に扱っていた。

南方には森の民が、北方には岩と銀細工の民がいて、砂の民は行き交う彼らを丁寧にもてなしていた。
彼らに言わせれば、南北の行商人たちもまた神の使いであり、神が自分たちに授けてくれた糧のようなものだとしていた。

だからその地では旅人はとても大事にされるし、異国からもたらされる貴金属や薬など好んで買われた。
故に南北の品物は、他のどの国よりも取り扱う品数は多かった。

これがだいたい7000年前くらいの話。
それから月日が経ち、新しい宗教が現れては淘汰され、人々も変わり、かつては栄華を誇った砂の民も民族ごと入れ替わって散り散りになり、他国の民がやってきて集まり国を開き。

雨が増えたり減ったりして。
川の流れが曲がったり真っ直ぐになったりして。

そうそう月の大きさもだいぶ小さくなった。
あの頃は、往来の船が揺らす水面に月が映り込むと綺麗なものだったが、今ではその月もずっと小さくなった。
船も手漕ぎから帆船が多くなった。機械式も多いが、ここの川ではまだ多くない。
人の数はずっと多くなった。あの時の十倍じゃ効かないくらい多くなった。
田畑は消えて三階建て以上の建物が多く建った。

彼女はこの地で生まれた。もちろん彼女は砂の民だが、かつてそこにいた砂の民とはたしかに違う。

でも、彼女の目鼻立ちのどこかには、かつてこの地で詩を書き歌を歌っていたあの頃の彼らがほんの少しだけ残っているような気がする。

そうそう。
彼女は私に、私はどんなふうに見えますかと言ってきた。



これらはぜんぶ、昨日の話。

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