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鏡の国

7/11

今日の実験は、部屋の鏡の向こう側にいる人物に、自分自身の言葉を話してもらうこと。
とは言ってもこの世界はすべてが普通ではない異常な世界なので、例えば鏡の世界のこちら側とあちら側を行き来するのは、普通の範囲内だった。

鏡にはいつも同じ人物が映っているが、彼や彼女らは基本はいつも同一人物だ。
髪や服装や顔形、たとえ背格好や名前が違ってても、どこか彼や彼女らしい雰囲気を出しているので、それがすぐにアレなのだと気が付けてしまう。

私が右手をあげれば彼女らも左手を挙げるし、私が右目を閉じれば彼女らも左目をウィンクする。

お互いに対照的な動きをするのに、私はいつまでも私のままで、彼や彼女たちはいつも違って見える。
けれども鏡はいつも同じものを映すだけなので、彼ら彼女らはいつも同一人物なのだ。

たまに彼らが、人ですらない化物を写すこともあるが、そんな時は全面に奴が映ることはなく、空白の下、誰も映っていない鏡面の下側をかするように、それがこちらを見つめている。

それ、が呟く言葉はいつも辛辣で残酷だ。
彼や彼女らが唱える言葉は虚言や希望に溢れている。願いか願望か、果てはそれらのなり損ないか。

ただ、自分自身の言葉は持っていない。
彼ら彼女らはしょせん私の鏡映しだし、それ、が呟く言葉はすべて私の内側から出てきた呪いの言葉を反響させているだけに過ぎない。

そうだそのはずだと言うと、それ、は虫の分際で禍々しく笑った。


百本足の一つ一つはカカシを動かすためのたぐり棒のようになっており、それが、鏡写の私の形を自由自在に動かしている。


自分自身の声。
自分自身の言葉。
果たしてそんなものがあるのだろうか?

現に私はここまで醜い虫けらではない。
ゲジゲジのように細長い脚なんか生えていないし、口は昆虫のそれのように大きなアゴも生えていない。

私の姿はカカシなのか?
それとも私は醜い虫?
鏡に映っていない空洞の方?

私は右腕をさっと挙げてみた。
からくり人形も応じて左腕を上げる。
大顎の虫は、人形の後ろ側から私を覗いていた。

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