• に登録
  • SF
  • エッセイ・ノンフィクション

爆弾魔

6/27


効果は1時間。
そう言って出された薬膳酒は、強い草とベリーの臭いが漂っていた。
色は白濁。量はカップに一杯から二杯。
薬膳酒の効果を強めるために先に偽物の媚薬を瓶詰めにしたものを飲み、次にその薬膳酒を飲むと、体がみるみる締まっていった。

今までの自分の体がいかに緩んでいたかを実感した。
自分が知らないうちに自分の筋肉は、内側も外側も相当ゆるゆるになっていたとしか思えない。
体が一気に若い頃に戻るとその反動で、強い吐き気と関節痛、めまいが自分を襲った。
思うように体が動かず一度はその場で倒れてしまうが、起きあがろうと腕を伸ばすとその感覚すら違って感じた。

腕も、関節も、肩も脚も体も何もかもが軽く感じていた。
軽く酔っているような、現実をまだよく分かっていなかったあの頃とは、こういう感覚だったのだろうか。

なんというか。


自分は、なんでもできそうな気がしていた。
何でもできそうな気がする上に、体も軽いし意識はまるで軽い夢を見ているような。


効果は1時間だ。残りあと30分ほど。

何ができるだろうかとすごく焦った。
何か青春と呼ばれるものでもすればいいのか。
具体的には、何を???


残り20分。
闇雲に走ってみることにした。

とりあえず自分がいるこの場所の周りに飛び出して、何だかわからないけど走ってみた。意味なんて無いのは知ってたけれど、経験から、何もしないでそこで考え続けるより一歩その先に行ってみたほうが、何かの答えのヒントが得られると自分は知っていた。
走ると筋肉痛のような痛みが体を襲ったが、さっきまでそれは、自分の魂を蝕むくらいの痛さだったのが今ではとても気持ちいい。


残り10分弱。
壁があったので、意味もなく殴ってみた。痛かったので、まずは叩いてみることにした。
深夜に変なことをしているのは承知しているが、おかげさまで壁を叩いた音が周囲に広がって、静かな夜に誰かがコンクリートの壁を叩く音が大きく響いた。

それだけだった。
あと。手がじんわりと痛くなった。


残り10分を切った。
薬膳の効果が切れるとどうなるかなんて、思い出してる今でこそそんなことを考える余裕があるが、その時はただ、何をしようか、どうしようかしか考えられなかった。


とりあえず足元の爆弾を、思いきり町に向かって放り投げてみた。
「爆弾」は、投げられた先で爆発して一面の建物を破壊した。

私は手当たり次第に「爆弾」を投げた。
この町を破壊したい、というよりは、投げることそのものが目的だったんじゃないかと今では思っている。

他にも爆弾を投げている人がいたので、私も彼らと一緒になって「爆弾」を投げた。
「爆弾」は爆発した。
木っ端微塵に吹き飛んだ。
すべてが無くなった。
それでも爆弾を投げ続けた。
あの頃の私は、ただただ「爆弾」を投げることに夢中になっていた。
気づけば時計の針は、夜中の12時を過ぎていた。
みんなは爆弾を投げるのをやめて一人また一人と家へ帰って行ったが、私はまだまだ「爆弾」を投げ続けていた。

なぜ爆弾を投げるようになったのか、今考えてもよくわからない。
ただあの頃のように、爆弾を投げることは、そんなに楽しくないのかもしれない。
もしかしたら虚しいのかもしれない。

爆弾をなげるのは、そんな気持ちに気が付きたくないからなのかもしれない。
木っ端微塵に吹き飛んだ爆弾の破片を見ても、ちっともあの頃のような万能感や、軽く夢を見ているような感覚は覚えられない。
薬膳の効果はもう切れた。
また同じことをするには、今よりもっと体に負荷をかけることになる。
さすがに魂をすり減らしてあの頃に戻るのは嫌なので、私は薬膳酒の容器を棚に戻して扉を閉めた。

爆弾なんか、本当はいらなかったんだ。
でもなんで私は爆弾なんかを投げているのだろう。
あの頃あの時の私は、本当は何を投げていたのだろう。

コメント

コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する